クリス自身もあそこでこれ以上の騒ぎを起こしては、アカデミーにとってもブラック・コミュニティにとってもマイナスにしかならないと分かっていたのだ。

ニューヨークに住む30代の黒人女性ナターシャはこう言う。

「黒人チームがプロデュースしたことと、この出来事を関連づけて批判する人が出ないことを願うわ」

多くの黒人にとって、「黒人が作ったからこんな騒ぎが起きた」と思われるのは最も避けたいことなのだ。

多様な俳優、作品が受賞したのにそれも吹っ飛んだ

それにしても残念なのは、今回のアカデミー賞報道のほとんどすべてがこの件一色になってしまったことだ。

平手打ちの直後にクリスがプレゼンターとして長編ドキュメンタリー賞を渡した『サマー・オブ・ソウル』は60年代の黒人による知られざるサマーフェスを描いた素晴らしいドキュメンタリー映画だった。助演男優賞には、初めて聴覚が不自由な俳優が『コーダ』で受賞した。

そしてウィル自身も主演男優賞を受賞した『キング・リチャード』は、テニスの歴史を変えたウィリアムズ姉妹と父リチャード・ウィリアムズの感動の物語。ニューヨークに住む50代の黒人女性イモヤは「騒動の影に隠れて作品や他の俳優の素晴らしさがまったく語られなくなってしまった」と無念さをにじませた。

アフリカン・アメリカンやマイノリティ、そしてダイバーシティあふれる社会の実現を望む多くのアメリカ人にとっても、本当に残念なアカデミー賞だったと言うしかない。

ハリウッド大通りの土産物店に並ぶレプリカのオスカー像
写真=iStock.com/vzphotos
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ウィルを擁護する意見もあるが…

ここで断っておきたいのは、誰もウィルを嫌いになったわけではない。むしろ自分たちの代表としてこれまで頑張ってきてくれたウィルを愛し感謝しているからこそ、今回の出来事が残念でたまらないのだ。同じように大好きなクリスとの間でこんなことが起き、どちらに賛同するかでブラック・コミュニティが分断していることにも失望している。どちらが裁かれたとしても、勝者がいないむなしい戦いだということはよくわかっているのだ。

実際に、日本ほどではないがウィルを擁護する意見もある。2人の友人でもある黒人女性コメディアン、ティファニー・ハディッシュは、歴史の中で男性以上に黒人女性は弱い立場に置かれ、レイプなど多くの犯罪の犠牲になってきた。だから妻のために立ち上がったウィルは素晴らしい夫だとコメントした。