「白すぎる」と批判されたアカデミーの改革

2000年代に入ってからのアメリカは、バラク・オバマ氏が初めて黒人初の大統領になるなど、社会や文化における人種的ダイバーシティを推し進める動きがどんどん強くなってきていた。

移民の流入で人口比が変わり、特に映画業界はグローバル化も伴って、生き残りのためにはマイノリティにも支持される作品を作らなければいけないという使命もあった。

「#オスカーは白すぎる」というハッシュタグがSNS上で拡散され全米を揺るがせたのは、ちょうどこうした論調が高まりつつあった2016年だ。その年のノミネートが、女優、男優全員が白人だったからだ。(参照<「監督賞は中国系女性に」白すぎるアカデミー賞が生まれ変わった本当の理由>)

しかし、これはその年に限ったことではない。今回も、主演男優賞を受賞した黒人男優はウィル・スミスで5回目、主演女優賞はハリー・ベリー1回のみ、監督はゼロ、黒人が主役で最優秀映画賞を受賞したのはわずか3作品のみだ。

こうした批判をかわすために、年配白人男性ばかりだったアカデミーの投票メンバーに、女性やマイノリティ、若い世代を増やすなどの努力を重ね、ダイバーシティの観点が希薄な作品は候補に入れないなどの規則も作った。

さらに今年は大改革にチャレンジした。アカデミー賞の中継を黒人で構成されるプロダクションに任せたのである。

「あれで収まったのはクリスが冷静だったおかげ」

その結果、冒頭ではビヨンセが素晴らしいパフォーマンスを見せ、3人の女性司会者のうち2人が黒人コメディアンで、軽妙な笑いで会場を盛り上げた。外国語映画賞ではアジア代表として日本の『ドライブ・マイ・カー』が受賞し、スピルバーグ監督の『ウエストサイドストーリー』では、助演女優賞に初めてプエルトリコ系アメリカ人でLGBTQの女優アリアナ・デボーズが輝き、人種やジェンダーを超えてダイバーシティを祝うムードで快調に進んでいた。

しかしその明るい雰囲気もウィル・スミスの行動で一変してしまった。

授賞式のチーフプロデューサーを務めたウィル・パッカーはその緊迫の瞬間をこう語っている。

「あの直後、われわれ実行委員会は、ウィルに退場してほしいと促したが、彼はそれを拒んだ。実はロサンゼルス市警も来ていて、ビンタされたクリスに対し、“ウィルを訴えたければ今すぐにでも逮捕するがどうするか”と尋ねたが、クリスはそれを即座に拒絶した。今考えると、平手打ちされたのにもかかわらず、冷静であり続けたクリスのおかげで、あれ以上ひどいことにならずに収まったと思う」とクリスの対応を評価していた。