「領土の代わりに、死んだロバの耳をくれてやる」
ロシア特有の民族愛国主義が高揚すると、手が付けられない。特に、他国からの領土返還要求は禁句だ。
プーチンは〇五年の戦勝記念式典後の会見で、バルト三国のラトビアがロシア領となった隣接地域を「固有の領土」として返還要求していることをエストニアの女性記者から質問され、「領土の代わりに、死んだロバの耳をくれてやる」と薄汚い言葉でののしった。厳しい質問にカッとなった時、プーチンが発する独特のスラングだが、大統領府のサイトではこの表現は消されていた。
プーチンはさらに、「固有の領土と言うなら、クリミア半島(ウクライナ)やクライペダ(リトアニア)はどうなる。ロシアの固有の領土を返してくれ」と毒づいた。
ロシアがソ連解体によって固有の領土を失ったことを強調し、日本の「固有の領土」論がロシアには通用しないことを暗に示唆した発言だ。
この会見でプーチンは、「大戦前のソ連によるバルト三国併合をなぜ謝罪しないのか」との質問にも色をなして反論した。
外交舞台で謝罪することはほとんどない
「一九八九年のソ連人民代議員大会で採択された決議を読んでみたまえ。決議は三九年の(バルト併合を決めた)独ソ不可侵条約を法的に無効だと書いている。条約はスターリンとヒトラーの個人的な密約であり、ソ連国民の意見を反映していない。
われわれは毎年、この言葉を繰り返さねばならないのか。この問題は片付いており、立ち戻ろうとは思わない。一度謝れば十分だ。当時の国際関係の現実では、バルト三国は大国間取引の小銭だった」
スターリン膨張主義の被害者という点で、日本とバルト三国の立場は似ている。さすがに日本に対しては「死んだロバの耳」のような発言はなかったが、問題をスターリンの責任に回避させ、現世代に責任はないとの発想がみられる。
「一度謝れば十分」との発言は、日本人のシベリア抑留問題にも当てはまる。六十万人の旧日本軍将兵がソ連で強制労働に服した抑留問題で、エリツィンは九三年の訪日時、「全体主義の残滓だ。非人道的な行為であり、深くお詫びする」と各方面で頭を下げて回った。
だが、プーチンは抑留問題で一度も謝罪していない。そもそも、プーチンが外交舞台で謝罪することはほとんどない。