「私は柔道や日本食が好きだ。しかし……」

過去十回の「対話」で、北方領土問題に正面から言及したのはこれが初めてだった。入念に準備された国民注視の舞台装置で、日本との領土問題で重要メッセージを発信する効果を狙ったようだ。対話での発言は、プーチンの国民への公約であり、首脳会談での発言より重みを持つ。

一〇年の「対話」でも、プーチンは番組の最後に自分で質問を読み上げた。

「日本からも沢山の質問が来ている。なぜ日本からなのか不明だが、彼らは島の問題や日本食、柔道について尋ねている。私は柔道や日本食が好きだ。しかし、そこで線を引いておくことにしよう」

領土問題は〇五年の回答で尽きているので、あえて答える必要はないと考えたのだろう。新生ロシアの最高指導者が「(四島領有は)大戦の結果であり、国際法で確定済み。その点を討議する必要はない」と踏み込んだのはこの時が初めて。発言は、それまで両国が細々と積み上げてきた成果を一気に破壊してしまうほどの意味合いを持つ。

旧ソ連の指導者は「(ソ連の領有は)大戦の結果だ」と主張しており、先祖返りとなった。ゴルバチョフやエリツィンは日本の立場を尊重し、「大戦の結果」と突き放すことはしなかった。領土問題解決に前向きだったエリツィンは「勝者が敗者から領土を奪ってはならない」と述べたこともある。

「大戦の結果」を強調して国民の愛国心を刺激する

〇五年の発言は、二カ月後にプーチンの公式訪日を控えていただけに、日本側にショックを与えた。案の定、ロシア側は訪露に伴う共同声明を出さない方針で臨み、小泉首相との首脳会談は低調な内容だった。

「対話」でのプーチン発言は、政治家や官僚にトーキング・ポイントを与える。ラブロフ外相は一二年一月、「四島は第二次大戦の結果、法的根拠に基づきロシア領となった。日本はこの現実を認めるべきだ」と述べた。七年前の発言要領は、今も生きている。

「大戦の結果」発言の裏には、戦勝意識の高揚があった。プーチンは〇五年五月九日の対独戦勝六十周年記念式典を盛大に祝賀。日独伊の敗戦国を含む約六十カ国首脳をモスクワに招き、赤の広場で軍事パレードを実施した。

プーチンは演説で、モスクワ攻防戦、スターリングラード攻防戦、レニングラード包囲戦、クルスクの戦いなど独ソ戦の激戦地を列挙し、「ソ連赤軍は英雄的勝利を収め、欧州を解放した」「戦勝の輝かしい記念日を子孫に引き継いでいく」と強調した。

大戦中の旧ソ連の死者は二千七百万人に上り、世界全体(約五千万人)の半分以上を占める。この巨大な犠牲を払った勝利を誇示し、愛国心高揚を図って政権安定に利用する狙いがあった。