ウクライナへの侵攻を続けるプーチン大統領を止める手立てはあるのか。2012年に『独裁者プーチン』(文春新書)を出した拓殖大学海外事情研究所の名越健郎教授は「領土をめぐるロシアの民族愛国主義は非常に強く、プーチン氏が外交舞台で謝罪することはほとんどない」という――。

※本稿は、名越健郎『独裁者プーチン』(文春新書)の一部を再編集したものです。

ロシアのプーチン大統領=2022年3月29、ロシア・モスクワ
写真=AFP/時事通信フォト
ロシアのプーチン大統領=2022年3月29、ロシア・モスクワ

ソ連崩壊後に到来した「日本ブーム」

アガニョーク誌は〇六年一三号で、日本ブランド人気について特集を組み、「現在のロシアで、『日本』という言葉は国の名称を離れて一つのブランドとして受け取られている。日本は文化的な手段によって広大な領域を獲得し、ロシア人の心を捉えた」と書いた。

ロシア人はソ連時代から、戦後の経済復興を果たした日本への好奇心が強かったが、閉鎖社会のためアクセスは限定された。史上初めて消費社会に入ったのを機に、空前の日本ブームが到来したのだ。

ただし、日本企業はまだ日本ブームを有効活用できていない。安価な偽ブランドの日本酒や梅酒、日本茶を製造し、ロシア市場で利益を挙げているのは中国企業である。

日本企業のロシア市場進出には、三つのプロセスがあった。ソ連崩壊前後、まずテレビやラジカセなど日本の電化製品が流入し、受け入れられた。第二段階は二〇〇〇年代初期からで、日本車が飛ぶように売れた。〇七年ごろからの第三段階では、ユニクロや電通、資生堂、サントリー、キリン、日清食品といったソフトブランド系企業が進出し、成果を挙げている。

だが、薄型テレビや携帯電話は韓国のサムスンやLGに圧倒され、電化製品も第三世界の製品に取って代わられた。日本側の輸出の七割は自動車であり、輸出の多角化が進んでいない。

冷戦時代、日本は西側で旧ソ連の最大級の貿易相手国で、プラントや機械類の対ソ輸出はお家芸だった。米国がそれを危惧し、東芝機械ココム違反事件など一連のスパイ事件を仕掛けたこともある。

「親日、親独、親伊」を生んだプーチン体制の矛盾

しかし貿易額は今日、中国、ドイツ、オランダなどに抜かれ、十位前後だ。冷戦期のドル箱だったプラントや機械類は、欧州勢に奪われた。日本商社がロシア市場で、利益率の高い資源貿易ばかりに特化していることにも理由があろう。

「二十一世紀は国家ブランドの時代。グローバル化で世界全体が一つの巨大市場になった結果、国家同士がブランド力をめぐって激しい競争を強いられる」(サイモン・アンホルト英外務省顧問)とすれば、日本は官民合同でロシアの日本ブランドブームを利用する手段を構築すべきだろう。

プーチン時代の経済成長で、日本のほか、ドイツとイタリアのブランドもロシア市場に浸透した。ドイツはロシアにとって最も重要な貿易パートナーであり、市内を走る新車は日本車、ドイツ車が圧倒的に多い。イタリアは現地生産の家電が人気で、イタリア料理店も日本料理店と並んで多い。旧ソ連の敵国だった日独伊はいまや、ロシアの経済・文化・食生活で不可欠な存在となったのである。