戦争や虐殺はなぜ起こるのか。哲学者のマルクス・ガブリエルは「たとえばナチスはユダヤ人を非人間化することで虐殺を実行した。そのうえで現代のソーシャルメディアは、真の人間ではないステレオタイプなアイデンティティを作り出すという点で、非常に危険だ」という――。

※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

欧州最大の原発ザポリージャ原発があるエネルホダルから避難してきた市民が、2022年3月9日、ウクライナのザポリージャに到着した。民間人はバス12台、車両約100台で立ち退いた。
写真=AA/時事通信フォト
欧州最大の原発ザポリージャ原発があるエネルホダルから避難してきた市民が、2022年3月9日、ウクライナのザポリージャに到着した。民間人はバス12台、車両約100台で立ち退いた。

ソーシャルメディアは人を「非人間化」する兵器

ソーシャルメディアが我々に及ぼす影響の一つに、「非人間化」(※1)という大きな問題があります。ソーシャルメディアは兵器の一部です。たしかインターネットは軍事目的で作られたもので、この技術自体に数多くの軍事用途があります。

ソーシャルメディアがビデオゲームやドローン攻撃と同様に私たちを非人間化するのは、真の人間ではないステレオタイプなアイデンティティを作り出すからです。真に人間的な自己決定は、ステレオタイプなアイデンティティではなく、非常に複雑なアイデンティティによって決まる関数です。

ソーシャルメディアが私を非人間化するのは、私が私自身について「ステレオタイプなアイデンティティとは異なるもの」として考える自由を奪うからです。ソーシャルメディアは私の他者性を攻撃し、現実には私と共通点のない他の人々に私を似せていくのです。

※注1:非人間化(dehumanization) ガブリエル氏は、「我々には普遍的な道徳的価値観(universal moral value)があり、違う文化がそれを覆っているだけだ」と述べている。「もし我々が皆、普遍的なヒューマニティ(人間性)に気づいていたとしたら、残忍な戦争を始められるはずがありません。真の本格的な戦争を始めようと思ったときに求められるのは、相手の非人間化(dehumanization)です」と述べている(PHP新書『世界史の針が巻き戻るとき』68頁)。