難民を拍手で迎えることに対する違和感

他者を「非人間化すること」についての、教訓となる事例があります。2015年に、何百万人という規模でシリアからの難民の方々がドイツにやってきました。そのとき、彼らがミュンヘンにおいて拍手で迎えられたのです。このことに私は衝撃を受けました。彼らはただの人間であると私は思っているからです。

拍手する人々の手元
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私が電車でミュンヘンに行っても駅で私に拍手してくれる人はいないでしょう。でもシリアの方々がミュンヘンに来たときには何百人もの人々が拍手した瞬間があり、それがドイツでは「難民を歓迎する文化」と呼ばれました。しかし歓迎する文化は間違った態度です。これらの人々には単純に権利があるのですから。

誰かが拍手しながら「マルクス、あなたには人権がありますよ」と言ったところを想像してください。私はその相手が怖くなります。あのシリアの方々の中にもドイツ人を怖いと思った人がたくさんいるのではないでしょうか。

「美化」も「非人間化」

難民に拍手するのは、間違った態度だと私は思います。難民には単純に権利を与える必要があるだけです。2015年のインタビューで、私はシリア難民には嫌な奴になる権利もあると言いました。彼らを美化してはいけない。彼らはただの人間です。あなたや私と同じです。ただシリアから来たというだけです。

彼らは故郷で苦難に遭いました。筆舌に尽くしがたい辛酸をなめました。しかしそれは私だったかもしれない。ドイツで内戦が起きていたかもしれない。ドイツに独裁者が現れていたかもしれない。ドイツにもかつて独裁者がいました。そうしたら私が徒歩でシリアに逃れていたかもしれません。それでも私はただの私にすぎません。同じように彼らも等身大の人間です。彼らを人間として考えようじゃありませんか。

彼らを歓迎するのは非人間化することだと私は思います。彼らを美化しているからです。私たちが本当にすべきなのは彼らを庇護の権利などの権利を持つ人間として、自分たちと完全に平等に扱うことです。それが正しい態度であったはずです。