新米医師の時代、救急搬送されてきた患者が亡くなり「負け戦」続き

林さんが医師を目指したきっかけは、どんな病気も治療する漫画の主人公ブラック・ジャックへの憧れだった。自治医科大を卒業後、外科医として働き始めるも、救急搬送されてきた患者が亡くなってしまう「負け戦」が続いた。

「大学で学んだ知識をつぎ込んでも、患者を救えない。なぜだろう」と悩んでいるとき恩師に背中を押され、海外へ。カナダのトロント総合病院救急部で2年間、北米型ER(救急外来)を学んだ。当初は英語がわからず苦しんだが、相手の言葉に耳を傾け、会話をまねるように繰り返すことで、やがて自信を持てるようになった。

林寛之さんの経歴

北米型ERの医師は、いわば「総合的に初期診療を担う専門医」だ。24時間365日あらゆる患者を引き受け、広くカバーした技術で診断・治療を行い、必要があれば他科の専門医へ引き継ぐ。当時の日本には、そうしたスタイルを採用している医療機関はほとんどなく、帰国後は日本で北米型ERを根付かせるべく道をつくってきた。

(左)同大病院では初診の患者は総合診療部が担当。診察室にはさまざまな疾患の診断に必要な道具がそろっている。患者の症状の原因を探っていくさまは「名探偵コナンのようです」と林さんは言う/(右)診療室の廊下。常にスタッフの目に入る位置に林さんが作った注意喚起が
撮影=榊 水麗
(左)同大病院では初診の患者は総合診療部が担当。診察室にはさまざまな疾患の診断に必要な道具がそろっている。患者の症状の原因を探っていくさまは「名探偵コナンのようです」と林さんは言う/(右)診療室の廊下。常にスタッフの目に入る位置に林さんが作った注意喚起が

「今も、総合的に診療できる医師は全然足りていません。総合診療医の認定医は日本の医師の1%にも満たないでしょう。欧米諸国のように、医師の3〜4割が総合診療医、残りがさまざまな分野の専門医というバランスが理想ではないかと考えています」

総合診療は日本において歴史の浅いジャンルだからこそ、フロンティア精神を持った人に向いていると林さんは言う。そして、あらゆる患者の症状に向かい合うため、粘り強く診る力が必要だと説く。

「痛いと訴える患者には、ずっと痛いのか、いつから痛いのか、何をしていたら痛くなったのか、患者の様子を見ながらしつこく聞き取ること。その人の生活を、再現フィルムで思い描けるようになるまで突き詰めることで、痛みの原因がわかるのです。そのためには勉強が欠かせません。広く知識を身に付けることは簡単じゃない。人との会話を楽しみ、一生勉強を続けることができ、それを楽しいと考える人が総合診療医に向いているでしょうね」

救急科のスタッフとヘリポートで。林さんの人柄で、笑いの絶えない撮影だった。
撮影=榊 水麗
救急科のスタッフとヘリポートで。林さんの人柄で、笑いの絶えない撮影だった。
(文=尾関友詩)
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