人事部が合理性を追求していくうえで壁となるのが、人事評価である。本来、社員の職務遂行能力などを丁寧に「見取り」、評価し、育成につなげていくならば絶対評価が理想だろう。なぜ大企業の人事部はあいまいな相対評価の仕組みを温存してきたのだろうか。

理由のひとつは、相対評価を使えば、昇給や賞与の額を決めるときに、支払いの原資を管理しながら、おのおのの社員に差をつけることができるからだ。

一般的な賞与の決め方は以下の通りだ。まず成績を「A、B、C、D、E」という5段階に分ける。いちばん優秀な「A」はその職場で働く人の5%、いちばん成績の悪い「E」も5%。「B」「C」「D」はそれぞれ5、80、5%と決める。部課長は、自らの部下の成績をこの比率に沿って振り分けていく。

メーカーでいえば、人事部はまず工場にこの振り分けとガイドライン(考課の手引)を送る。それらを受け取った工場長は副工場長などを通して部長に、部長は課長に、そこから主任などに降りていく。主任が部下を査定して、それを課長に、さらに部長、工場長、そして人事部に戻す。そこで、ほかの部署を含めての全社的な調整が行われ、各社員の支給額が決まる。

つまり、社員からすると直属上司が1次考課者になる。通常、2次考課者は部長や副工場長、工場長など、3次考課者は本社の人事部となる。

大手メーカーや大手出版社など大企業の人事部に20年以上勤務し、現在は社会保険労務士として企業の賃金規定の作成に関わる杉山秀文氏はいう。

「人事評価の仕組みから考えても、相対評価はなくなりません。評価者は同じランク(等級)の部下たちを頭の中で並べて、どちらが優秀であるかを必ず見ているものです」

さらに、元人事部員の立場から人事考課の仕組みをこう語る。

「一般的には、1次考課者(その多くは課長)の評価が尊重されます。2次、3次考課者はよほどのことがない限り、その評価をくつがえすことはしないでしょう。人事部も現場に強くはいえないと思います。ただし賞与の際は、現場からの評価をそのまま受け入れると、支払額が原資の額をオーバーすることがあります。そのときは、“Aのうち、5人を減らしてほしい”と伝えます」

人事部からすると、この評価の進め方は効率的なのだろう。しかし、働く側からすると緊張を強いられるものである。相対評価である以上、あいまいさがつきまとい、評価の要素が拡大されたり、少なくなったりする。相対評価は、そのような柔軟性と表裏一体の仕組みなのだ。たとえば、評価の要素がその社員の「責任感」や「協調性」といった性格にまで及ぶこともある。50年代から、この独特の評価制度は「日本型能力主義」などといわれ、あらゆる職場に定着してきた。

管理職の中には、「あいつは協調性がない」などと恣意的に評価をねじ曲げ、異端を排除したり、自らを脅かすような優秀な部下を追い出してきた人もいるだろう。実際、ある総合商社の元役員はこのあいまいな評価を巧く操作することで、「自分のライバルになる部下を少なくとも30人は潰した」と自慢気に語っていた。