成果主義の台頭とあわせて、人事部は弱体化しているといわれてきた。首都圏を地盤としているある信用金庫の元人事部長はいう。
「人事部の権威は80年代の頃に比べると、大きく失墜している。もはや現場のミドル層(部課長)に頭が上がらない。社員の配置転換の権限すら実はまったく持ち合わせていない」
権威を失えば足元を見られるのが、企業社会の常識である。労使間の相談に対応する東京都労働相談情報センターによると、最近、大手百貨店や大手証券で行われたリストラでは、人事部の管理職も対象になっているという。
企業が成長し、規模が大きくなると、人事部がすべての社員を対象に評価、育成することは困難になる。そこで、現場の責任者である部課長などに人事の権限の一部を委譲せざるをえなくなる。権限を手放せば、おのずと力は弱くなっていく。
多くの大企業では、社員の採用(とくに中途採用)、育成、評価、配置転換、ときにはリストラの指名などについて、それぞれの部署に権限を与え、人事部はそれを追認するだけにとどめている。いわば人事部の「出先機関」をつくるイメージだ。
しかし、権限委譲が完全に行われ、役割分担がされているわけではない。リストラのときには人事部と現場担当者が責任をなすりつけ合うような場面も見受けられる。
09年秋、大手情報通信企業の人事課長(44歳)は、突然、業務部の課長から相談を受けた。「部内の50代前半の女性社員(非管理職)を辞めさせたい」というものだった。
この会社は、40代後半~50代の社員の中で最終学歴が高卒の社員が数十人いる。そのほとんどが会社の急成長の時期に、「どさくさまぎれで入社してきた人たち」(人事課長)だ。このうち、すべての人がいまも管理職になれずにいる。現場の部課長たちは、“年上の部下”への対応に苦慮しているのだそうだ。人事課長はいう。
「現場の課長から強引に誘われて、会議室でその女性と話し合いました。課長は辞表を書くように仕向けたかったようなのです。会社公認のリストラではないので、私はイエスとはいわずに黙っていました」
結局、現場の課長は退職勧奨の話を切り出せず、話し合いは雑談の場になってしまった。その後、2人の課長は口論になった。現場の課長は怒りを込めてこう繰り返したという。
「(人事課長から)退職を切り出してもらうために同席を求めたんだ。人事部は、権限を我々に与えたといいながら、実はこちらを信用していない。中途半端に介入し、うまくいかなくなると逃げてしまう」
このように、人事部が突き上げをくらうケースは少なくない。大手外食企業の人事部の課長(46歳)は、09年夏の取材時にこう漏らした。
「いまは現場を仕切る店長や、その上のエリアマネジャーのテンションが高いのです。本部から現場へのノルマ達成の指示が一層厳しいものになったからだと思います。それにともない、彼らの人事部への要求も強くなりました」
店舗で働く正社員の増員や、パートらの正社員化を何度も催促してくる。さらにはロッカーの整備なども求めてくるようになった。人事部は、総額人件費の削減を理由にそれらの要求を断ってきた。だが、店長らは「こちらは厳しい中、これだけやっている」と高圧的な応対をとる。人事部としては防戦一方だという。人事課長は、苦笑いを浮かべながら答えた。
「人事政策の全体を現場が理解してくれるのは遠い先の話で、それまでは現場との間で“戦争”が続く。こちらは攻撃を受けすぎて、心がもたない」