「見取り」を精緻化 人事部員の張り付き

一連の取材でも弱気な発言を繰り返す人事部員は少なくなかった。だが、彼らもしたたかだ。「出先機関化」を進めながら、委譲した権限を取り戻すべく、人事政策のさらなる改革を進めている。それが「戦略的人事部」である。

2年前まで大手メーカーの人事部に勤務していたある人事コンサルタントはこう話す。

「製造業を中心に、ここ1~2年は人事部の部員を増やす企業が増えています。製造部や営業部、企画部などの部署に数人ずつ配置し、そこの部員をきめ細かに観察し、育成や評価を図るためです。それぞれの部署に人事部員が張り付くことで、『見取り』の精度を高めたいと考えているのです」

「見取り」とは社員の働きぶりが評価に値するかどうかを調べる人事用語である。「見取り」をはじめとする人事業務を、それぞれの部署で代行するように権限の委譲が図られてきたが、結局は責任のなすりつけ合いとなり失敗するケースが相次いだ。

その反省から、人事部員が各部署と一体になって動くことで、「戦略的人事」を目指すというわけだ。

だが、社員からすると、この動きには警戒が必要だろう。「見取り」の精度が高くなると、下手な言い訳が通用しなくなるからだ。「目標」にそってあらかじめ高い成果を求め、成果を出せない社員には、普段の「見取り」を背景に、細かな点まで問い詰めてくる。

売り上げは伸び悩み、総額人件費を増やすことは到底できない。ところが、正社員の数は適正規模をこえている企業が多い。つまり、リストラを継続させていかないと、組織が成り立たなくなっている。そのとき人事部員たちが目指すのは、「いつでも、絶え間なくリストラができる組織」である。「見取り」の精度を高めることで、自ら辞表を書くように、人事から仕掛けることができるようになる。

人事部の機能改革のコンサルティングをするトランストラクチャ代表の林明文氏は、いまの人事部に向けられている重圧をこう説明する。

「いちばんの問題は、40代のバブル入社組を中心に正社員の総合職が多すぎることです。この不況により業績は低迷し、余剰人員が一段と増えています。成果主義が行われているものの、成績のかなり悪い人が残っています。このような不要な社員を継続的に社外に排出する機能を持つことが、人事部に強く求められているのです」

戦略的人事部とは、企業戦略や計画達成に直結する人事管理に邁進する組織である。重点が置かれるのは、「必要な人材を供給し続けることと、社員のパフォーマンス(業績)を維持し、向上させること」(林氏)。社員のパフォーマンスを上げる方法を人事マンに聞けば、そのほとんどは「成果主義の導入」と答える。だが、多くの大企業では、等級制度(職能等級、職務等級など)に応じた処遇が依然として一般的である。

この制度のもとでは、ポストの数より出世する人間が多くなりやすく、必然的に人員構成のミスマッチが起きる。

都内や神奈川県を拠点とするある金融機関の営業推進部では、ともに30代後半で、同じ職能等級の課長補佐が2人いる。1人はそのポストにふさわしい仕事をしている。ところが、もう1人はほかの20代~30代前半までの非管理職とまったく同じ仕事をしている。

「結局、大企業ではあいまいな指標で人事評価をせざるをえず、必然的に相対評価が多くなってしまうのです。だから、『能力の異なる課長補佐』が生まれてしまう」(林氏)

※すべて雑誌掲載当時

(宇佐見利明=撮影)