頭取は「京味さん、いつもお弁当をありがとう」と迎えてくれた。
「頭取、実は店を新しくするので、新橋のビルを買いたいんです。お宅の銀行にお金を貸していただきたいんです」
「そう、担保はありますか?」
「ありません。この体だけです」
西の「体だけです」という答えを聞いた頭取はうつむいて、じっと考え込んだ。
「わかりました。お店に帰って待っていてください」
店の前に立っていた男は…
西がとぼとぼと店の前まで帰ってくると、男がひとり立っていた。
「ご主人、私は支店長です。担当が失礼をいたしました。購入希望のビルを見ました。融資の手続きを進めます」
目を白黒させた西がぼうっと立ち尽くしていたら、支店長がこう付け加えた。
「頭取が保証人という融資、私自身、初めてのことです」
京味は新しい店に引っ越した。カウンターだけでなく、テーブルの個室、座敷もある。西が亡くなった後も、二〇二〇年の一月まではそこで営業していた。
思えば、誰ひとり友人知人のいない東京に出てきて、わずか三年で一国一城の主になったのだった。