「新技術の開発」より「コスト削減」を徹底

マスク氏は電子決済サービスのITベンチャーで財を成し、ロケットへと進出した。IT出身者の特性も生かされている。日本は新たなロケット技術に次々と挑む。「世界最先端」を狙い、「芸術品」と呼ばれるようなエンジンまで作ってしまう。マスク氏は違う。例えば最初に打ち上げたロケット「ファルコン1」用にエンジンを開発すると、そのエンジンを9本束ねて打ち上げ能力が大きいロケット「ファルコン9」を作る。それがうまくいくと、今度は27本束ねてさらに大型のロケット「ファルコンヘビー」を作るといった具合だ。

日本の技術者たちは「工学的にエレガントなやり方ではない」と言うが、同じエンジンを大量生産するので技術が習熟し、コストダウンも進む。「ソフトウエア開発と似た発想だ」とも評される。

こうして製造されたロケットの価格は低く抑えられる。日本の主力ロケット「H2A」が100億円なのに対し、現在のファルコン9は70億円だ。マスク氏はそこにとどまらない。さらなるコスト削減を目指して、宇宙に打ち上げたロケットの1段を地上で回収して使う「再使用」ロケットも実用化した。ロケットの1段が地上に戻ってくる様子はSF映画のような光景だが、何度も実験に失敗、爆発した。

ロケットを打ち上げているところ
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ボーイングとロッキードの独占状態に割り込む強さ

しかし、めげることなく続ける。実験のやり方もマスク氏らしい。普通は実験用のロケットを作るが、マスク氏は客に頼まれた衛星を打ち上げた後、ロケットの1段を戻す実験に使う。これだと実験用ロケットの費用がかからない。2015年に成功して以来、今では人を宇宙へ打ち上げるロケットにも再使用の1段を使っている。

米国にはスペースX以外にも、多数の宇宙ベンチャーがあるが、マスク氏の強さは宇宙開発の本丸である打ち上げ能力の大きいロケットにいち早く取り組み、実用化したことにある。ロケットは宇宙開発に携わる人たちにとって特別な存在だ。ロケットがなければ衛星も人も宇宙へ送り出すことができない。いわば「宇宙開発のど真ん中」。そこにマスク氏はどかんと踏み込んだ。しかも価格破壊の衝撃を伴って。「企業秘密」扱いが業界の常識だったロケットの打ち上げ価格も、ホームページで公開した。

米国では、政府がお金を出した衛星を打ち上げる時は、米国ロケットを使うことを原則にしている。ボーイングとロッキード・マーティンの合弁会社「ULA(ユナイティッド・ローンチ・アライアンス)」の事実上の独占状態になっていた。実績の乏しいベンチャー企業に政府の衛星、特に軍の衛星を任せるわけにはいかないと反発が強かった。だが、マスク氏は粘る。訴訟という手段も駆使して、そこに割り込んだ。