「経産省主導内閣」と言われた安倍内閣

もちろん、矢野氏個人の思いが込められていることは間違いない。矢野氏と付き合いの長いジャーナリストによると、酔えば必ず『後藤田五訓』の話になり、寄稿文にもあるような「国家公務員は『心あるモノ言う犬』であらねば」というのは口癖だという。

だが、矢野氏個人の私的な意見を、私憤から寄稿したのかというと、どうもそうではなさそうなのだ。

第2次以降の安倍晋三内閣が「経産省主導内閣」と言われてきたのは周知の通りだ。安倍元首相の政治主導の裏では、秘書官で首相補佐官でもあった元経産官僚の今井尚哉氏が絶大な力を握っていた。今井氏が経産省の課長に直接電話して怒鳴りつけたり指示したりする姿は日常茶飯事だった。一方で、安倍内閣は2014年4月「消費への影響は軽微で早期に復活する」としていた財務省の説明を聞き入れて消費税率を5%から8%に引き上げたが、結果はアベノミクスで急回復していた景気を冷やす結果となり、安倍首相による財務省排除が鮮明になったとされる。

ブロックとコイン
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「財務省主導内閣ができるのではないか」官僚たちの期待

自民党の歴代内閣は、財布の紐を握る財務省の影響下、支配下にあったとさえ言われたが、安倍内閣は財務省がコントロールできない内閣になっていった。財務省はその地位を取り戻すこと、まさに復権が最優先課題になってきたのだ。

それが成功するかに見えたのが菅義偉内閣だった。首相補佐官だった今井氏が退任、国土交通省出身の和泉洋人氏が首相補佐官となり実権を握った。明らかに経産省色が薄れていく傾向にあったわけだ。そんな中、2021年6月に矢野氏が財務次官になる。実は、矢野氏は菅前首相が官房長官だった2012年から2015年の間、官房長官秘書官として菅氏に仕えていた菅氏の懐刀だった。菅内閣は財務省の悲願である財務省が主導する内閣に戻っていくはずだったのだ。

しかし、菅内閣は短命で終わる。問題は後継になった岸田内閣がどうなるか。岸田氏が会長を務める「宏池会」は、大蔵官僚から政治家となり首相に昇り詰めた池田勇人が創設した派閥で、やはり大蔵官僚出身の宮澤喜一元首相などを輩出した。「親・財務省」とみられる派閥だ。岸田氏が総裁選でぶち上げた「令和の所得倍増」も、多分に池田勇人の「所得倍増計画」を意識していると見られていた。財務省主導内閣ができるのではないか、と財務官僚たちは期待しただろう。