ライフイベントとうつ病発症との関係性

地位の喪失と抑うつの関係をさらに裏付ける証拠となるのが、英国人疫学者のジョージ・ブラウンとティリル・ハリスが集めた膨大な量のデータだ(*23)。二人がロンドン北部の女性を対象に行った詳細な調査によれば、うつ病を発症した女性のうち八〇パーセントが、慎重に定義された「深刻」という基準に当てはまるレベルのライフイベントを最近経験していた。そして、深刻なライフイベントを経験したすべての女性のうち、うつ病を発症した人はたった二二パーセントという低い割合だった。

といっても、そのようなライフイベントを経験していない女性のうち、うつ病を発症した人の割合は、そのわずか二二分の一にあたる一パーセントだった。さらに、深刻なライフイベントを経験した女性のうち残りの七八パーセントは、その後一年間にわたってうつ病を発症しなかった。

この結果は、「レジリエンス」に関する新しい研究へとつながっていった(*24)。この丹念な調査によって、ライフイベントがうつ病の発症にどのように影響するかについての素晴らしいエビデンスが得られた。その後次々に新たな研究が行われ、ライフイベントがうつ病の発症に及ぼす影響が確認されただけでなく、その関係性についてさらなる探求が行われている(*25~33)

「自分を低く見せる」という社会的な戦略の見返り

ライフイベントの中には、うつ病につながる可能性が高いものと、そうでないものがある。ブラウンとハリスの研究では、抑うつエピソードが起きるきっかけとなるライフイベントのうち七五パーセントが「屈辱または泥沼化」によって特徴付けられ、喪失に関するライフイベントは二〇パーセント、危険に関係するライフイベントは五パーセントに過ぎないことがわかった(*34)

屈辱や泥沼化といった状況には地位を巡る対立が関わっていることが多いと仮定すると、このデータはプライスの説にぴたりと合致する。ライフイベントをすべて一括りに扱ったり、単に「ストレス」として片付けたりする代わりに、患者の人生を取り巻く状況をより具体的に把握することができれば、発症の可能性などをもっと正確に予測できるようになる、ということだ。

「不本意な降伏」説は、私がこれまでに治療にあたったうつ病の症例の多くに当てはまるように思える。私が会った患者の中には、結婚生活を守るために自分の成功を制限するばかりか、自分のことを実際より能力が低いと思い込む人たちが大勢いた。自分を低く見せるという社会的な戦略は、より強い者からの攻撃から身を守ってくれる。だがその見返りは、抑うつ症状だ。