反芻はうつ病とどんな関係があるのか

落ち込んだ気分の一つの特徴は、自分の抱える問題についてくよくよ考えすぎてしまうことだ。このような思考は、単なる反芻はんすうに過ぎないことが多い。問題が心の中でぐるぐると回り続けて、解決には決して結びつかない。ちょうど、牛が草を噛んで飲み込み、吐き戻して、また噛むのと同じことだ。私のかつての同僚の一人である心理学者のスーザン・ノーレン=ホークセマは、反芻はうつ病の中心的な問題となる不適応な認知パターンであり、可能な限り止めるべきものだと考えた(*38)

ホークセマは、悲劇的にして奇跡的な巡り合わせにより、一九八九年にカリフォルニア州で発生したロマ・プリータ地震の直前に、うつ病と反芻傾向に関するデータを収集していた。地震後に同じ被験者に対して面談を行った結果、反芻傾向が強い人はうつ病を発症しやすいことがわかった。この結果は、うつ病に対するほかの脆弱性の予測因子を統制しても同じであった(*39)

二〇〇九年に心理学の学術誌『Psychological Review(サイコロジカル・レビュー)』に発表され大きな話題となった論文の中で、生物学者のポール・アンドリューズと精神科医のJ・アンダーソン・トムソン・ジュニアは、これとはほぼ正反対の考え方を提示した(*40)。二人は、反芻は人生の重要な諸問題を解決するのに役立つと主張したのだ。

反芻で社会的問題が解決できるという根拠はない

彼らの考えでは、抑うつ状態になって活動や外的な生活に対する興味が低下すると、時間と精神的なエネルギーが余るようになり、問題解決に向けて反芻ができるようになるという。この論文は、アンドリューズと生物学者のポール・ワトソンが二〇〇二年の論文で行った、うつ病は「ソーシャル・ナビゲーション」機能を果たすために進化したという主張を発展させたものだった(*41)

この主張に対する強力な反論として、ニューカッスル大学の進化心理学者であるダニエル・ネトルは、反芻によって社会的問題が解決できるという根拠も、解決策にたどり着くのが早まるという根拠もほとんどないことを指摘した(*42)。ノルウェー人進化臨床心理学者のレイフ・ケネアもこの反論に同意しており、私も彼らの批判と同意見だ(*43)

とはいえ、社会的引きこもりや考えすぎは、人生の大きな壁にぶつかったときには役に立つ場合がある。私の好きな本の一つに、スウェーデン人精神分析学者であるエミー・ガットが一九八九年に著した『Productive and Unproductive Depression: Its Functions and Failures(生産的うつと非生産的うつ:その機能と弊害)』がある(*44)