「楽しんで泳ごう」
山田は日本パラリンピックの女王、51歳になる成田真由美から手紙をもらっていた。成田はこれまでパラリンピックに6度出場し、金メダルを15個も獲得した大選手。その成田からもらった手紙には「楽しんでね」と書いてあった。
この日の朝もその手紙を読んだ山田。
「力が湧きました」
前半から飛ばしていく山田。山田は思い切り水を蹴っていく。上体も上手く動いて水流を生み出す。山田だけができる山田だけの泳法。
「これまで50mは前半にセーブしたらタイムが出なかった。だから、スタートから全力で泳ぐ」
イップが追い上げてくるが、山田のトップは変わらない。
「頑張れ、頑張れ、頑張れ!」
スタンドも大興奮、日の丸が振られ、大声援が飛ぶ。
「行け、行け、行け!」
スタンドからの声援は一層大きくなる。しかし、終盤、山田はイップに抜かれた。イップは手でタッチ板に触る。山田は頭でゴツン! 最後はスピードが鈍ってしまった。でも本人はまったくそう思ってはいなかった。最後まで全力を出して泳ぎ切ったからである。
「気持ちよく泳げました。アドレナリンがドバドバ出ちゃって」
そう言って、周囲を笑わせる。
「金メダルが獲れなかったのは悔しい」
屈託ない明るい笑顔は青空のように晴れやかだ。
山田選手の泳ぎから教わった大切なこと
一方、コーチの野田はゴールしたときから涙が止まらない。「此処までよくぞ成長してくれた」と感激が止まらない。山田は野田の涙を見る。
「今度の銀メダルも重たいです。2つもメダルがもらえて、本当に嬉しい。小さいときから見てくれていた野田コーチにメダルをかけて上げたい」
天使の顔はプールの水の煌めきよりも輝いていた。
人は自分を不幸と思ったら不幸になる。幸せと思えれば幸せになれる。
山田の泳ぎからそのことを教えてもらった。