パラリンピックへの憧れ、膨らむ夢

こうして山田は21年3月、50m背泳ぎにおいて僅か1年4カ月で10秒あまりもタイムを縮める。一気に東京パラリンピックのメダル候補に浮上したのだ。

2021年3月撮影日本国立競技場駅
※写真はイメージです。(写真=iStock.com/ebico)

山田は言う。
「リオパラリンピックで泳いだ選手の楽しそうな顔。仲間たちと嬉しさを分けあい、外国の人たちとも交流ができる。水泳で世界にお友達ができる。私も参加したいなと思いました」
  山田の夢は膨らみ、英語の勉強に熱が入る。現在、阿賀野市立京ヶ瀬中学校の3年生。得意科目は英語。英語でスピーチがしたいという夢もある。

阿賀野と言えばドキュメンタリー映画のカリスマ、佐藤真が監督した「阿賀野に生きる」を思い出す。美しい阿賀野川に水銀が流されたことから起きた第二水俣病と言われた公害。この映画には阿賀野川沿いに暮らす素朴な人たちが描き出されている。

こうした試練を乗り越えて力強く生きてきた阿賀野の人たちの逞しい血を、山田が受け継いでいるに違いないと私は思ってしまう。
  山田は2021年8月25日、遂にパラリンピックに出場した。

東京パラリンピックで念願の銀メダルを獲得

車椅子から自分で降り、自分の足でプールサイドまで歩いて腰をかけ、落ちるようにしてプールに入る山田。壁に足を付けての「用意」、スタートのブザーが鳴る瞬間、しっかりとキックして飛び出していく。誰よりも速く泳ぐ。

「プールに入ると自分だけの世界になる気がする。それが気持ちいいんです」
山田は自分の世界に入り、脚を使い、全身を使い、どんどん泳ぐ。

「緊張よりもワクワクのほうが大きい」
そう言ってのけた山田はまさに言葉通り楽しんで泳いだ。
40m過ぎに隣の第4コースのイップに抜かれるが、マイペースは崩さない。

「できれば金メダルが欲しい」
 そうは言ったが、それはあくまでベストを尽くした結果であることを知っている。

頭がプールの壁につくや巧みに体を入れ替えてターンを行う。
「ターンも100%のできでした」

50mのタイムは1分6秒47。解説者も唸る自己ベストでの好タイム。
2位の順位を保ったまま泳ぐ。懸命にキックを行い、水しぶきが上がる。スピードはまったく衰えない。イップとの差は縮まりはしないが離されていくこともない。