がむしゃらに噛めばいいわけではない

【患者】あまり噛まないで飲み込むと、消化にもよくないですよね?

【歯科医】だ液の中には消化酵素も入っているから、よく噛めば消化吸収もよくなって、胃腸への負担を軽くすることができるんです。

【患者】ひと口30回以上噛んだほうがいいと聞いたことがありますが……。

【歯科医】それくらい噛んだほうがいい。ただし、ひとつ注意してほしいことがあります。人間の自律神経には交感神経と副交感神経がありますね。リラックスするときは、副交感神経が働く。ペットの犬が甘噛みするときなんかは、副交感神経が働いてリラックスした状態。

本来は、人間も食事のときは、リラックスして噛まないといけない。ところが、「30回よく噛みましょう」といわれると、みなさん、一生懸命噛みすぎて、攻撃的な交感神経が優位になり、かえって緊張してしまうんです。

【患者】あー、わかります。回数を数えてしまって、食事の味もろくに覚えていないとか。

【歯科医】わたしはよく「食べ物は優しく感謝して食べましょう」と言います。みなさん噛もうとすると力が入って、余計な筋肉を使ったり、あごに負担をかけたりする。交感神経が優位になると緊張してだ液の分泌も悪くなります。

噛むときのコツは、力を入れずに口の中に広い空間を作ること。そうすると自分で物を噛みにいかなくても、閉口反射で自然に歯が閉じる。そのリズムと自然な力で咀嚼は十分できます。

【患者】なるほど。それで固いものも噛めますか?

【歯科医】噛めますよ。それから、急いで噛もうとしないことが大事。ゆったりリラックスした気分で食べましょう。そういう食事の仕方が、消化吸収や栄養効率をよくして、歯の摩耗も防ぐようになっているんですよ。

舌や口の回りの筋肉が衰えると老け顔になる

【患者】わたしは、食べ物を急いで食べがちなので、たまにむせてうまく飲み込めないときがあります。

【歯科医】むせやすいのは、早食いだけが原因ではないですよ。だ液の量が少ない場合や、飲み込む力、すなわち嚥下えんげ機能の衰えとも考えられます。人間は、歯や歯ぐきは老化しにくいと言いましたが、あごを動かす筋肉や、表情を作る表情筋などの筋力は、年齢とともに衰えますからね。

【患者】つまり、これこそ老化現象ですか⁉

【歯科医】舌や口の周りの筋肉は、年齢があがるほど使わなくなる傾向がある。それは、高齢になるほどよく噛まない、笑わない、会話をしなくなるといった生活習慣が影響しています。それでだんだん、顔や口の中の筋肉が衰えてしまう。現在のコロナ禍ではなおさらです。

【患者】だから、顔のたるみやほうれい線が深くなって、老け顔になってしまうんですね……。

顔の老化のイメージ
写真=iStock.com/master1305
※写真はイメージです

【歯科医】見た目の老化もありますが、脳の血流低下にもつながりますし、舌や口の周りの筋肉が衰えると口内環境が悪化する原因になります。まず、舌の筋肉が衰えると、「低位舌ていいぜつ」といって舌の位置が下がって口呼吸になりやすい。

さらに、下がった舌がだ液腺をふさいでしまうので、だ液の分泌がうまくできなくなってしまう。それで、口の中が乾燥しやすくなります。

【患者】マスクの話にも出てきましたが、口呼吸だと口内の悪玉菌が増えやすくなるんですよね?

【歯科医】そう。口呼吸は口の中が乾燥して細菌が増殖しやすい。鼻で呼吸すれば、鼻腔内に異物や病原菌を防御するシステムがあるので、さまざまな疾病から身を守ることができる。