次の「新興ウイルス感染症」に備えるための研究とは

これまで非病原性のウイルスへの研究はあまり進んでいませんでした。しかし、「次に来るウイルス」に対処するためにも、非病原性のウイルスへの研究は必要不可欠と言えます。

そして、ゆくゆくは病原性のウイルスも非病原性のウイルスもひっくるめて、網羅的に相関関係を示す全体像を示さなければならないと思っています。そのために、ウイルス学は「次元」を高めなければなりません。

コロナウイルス研究に取り組む研究室チーム
写真=iStock.com/janiecbros
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今までのウイルス学はゼロ次元でした。どういうことかというと、研究者は一種のウイルス、あるいは一種の宿主の専門家となり、1つあるいは少数のウイルスを深く深く研究していました。いわば、「点」の研究にとどまっている状態です。

次元を1つ上げて、点を線にしてみます。線には、横の線と縦の線がありますが、横の線は、新型コロナウイルス感染症のような、人獣共通感染症や新興感染症の研究になります。

例えば1つの感染症について、ウイルスが異なった宿主の間をどのようにジャンプしていくのかを辿ったり、ウイルスがどのような変異を遂げたかを調べたりします。一方、縦の線は時間軸を設けるやり方で、あるウイルスが過去から未来へどう変化したか、どう進化してきたかを探ります。

4億年前からウイルスを追跡する「三次元のウイルス学」

さらに次元を1つ上げて、二次元になると、点が面になります。すなわち、一種の宿主の中に何種類のウイルスが潜んでいるか、あるいは、土壌や水圏(川、池や海)などの環境の中にどのようなウイルスが存在し、どのような関係を結んでいるのかを研究する段階です。

最終的な目標は、生物全体を網羅したウイルスの分布図や相関関係を明示することになるでしょうが、まずは人と家畜の間におけるウイルスについて調べ、それから野生動物にも広げていく……という順序になります。

では三次元のウイルス学はどうなるかというと、「面」に時間軸が加わります。違う宿主のウイルスの関係を、時間を追って追跡する学問になります。

例えば、1970年代に発見されたサルレトロウイルスは、約1200万年前にウサギに感染したウイルスで、現在は胎盤形成に関与する内在性レトロウイルスと遺伝的に近縁であることがわかりました。さらに、サルレトロウイルスはネコの内在性レトロウイルス、ヒヒの内在性レトロウイルスとも近縁だったんです。「近縁」というのは、ウイルスの遺伝情報(配列)が似ているということです。数百万年前の地中海沿岸でネコとヒヒに同じようなウイルスが感染したこともわかっているのです。

これらのサルレトロウイルスは、ウサギの胎盤形成に関与する内在性レトロウイルスが、何らかのウイルスと組換えを起こして、復活したと考えられます。このように三次元で考えることで、ウイルス進化の過程を正確につかむことができるようになるのです。