コンビニ専属の販売部隊を結成

アイスキャンディー界が震撼しんかんする話題の商品が登場したにもかかわらず、消費者の手元には届かなかった。なぜなら、赤城乳業との取引のある既存の店舗では、新商品を置いてもらえるスペースを確保できず、苦戦を強いられることとなったからだ。魅力的な商品ができても、取り扱ってくれる店舗がみつからなければ消費者の手元には届かない。そこで新たな販路開拓として目をつけたのが、「コンビニエンスストア(以下、コンビニ)」だ。

70年代に登場したコンビニは、スーパー各社が新業態として本格的に事業に乗り出し大戦国時代となった。

そこに目をつけたのが赤城乳業だ。コンビニ専属の販売部隊を結成し、コンビニ各社の限定フレーバーのガリガリ君を提案し発売するなど、コンビニ展開を着実なものにするため進めていく。ここですごいのは、新しい販路としてコンビニを選定したことだ。日本フランチャイズチェーン協会によると、1983年度に6308店だったコンビニは、1999年には3万7562店にまで伸びており、80~90年代のコンビニは勃興期へ突入していたことがわかる。赤城乳業の読み通りコンビニの成長とともにその勢いにガリガリ君も乗っかった。

85年には、定番フレーバーに「ガリガリ君 いちご」を投入し、「ガリガリ君」の売り上げが低迷する秋冬にはソフトタイプのアイス「ソフト君」シリーズを投入。相変わらずなイラストセンスではあるが、「ソフト君」は「ガリガリ君」の弟キャラという設定だと聞いている。

商品作りや販売戦略の組み立てはとても参考になるが、当時のキャラクターの設定やイラストセンスだけは……。

値上げにもかかわらず年間販売本数は伸長

90年には消費税導入の影響でアイスクリームメーカー各社が一斉に値上げをするも、赤城乳業だけは「赤城しぐれ」の値上げでブランドイメージを下げてしまった苦い経験を生かし値上げをせずに踏ん張り続けた。新商品「はちみつレモン」(90年)を投入しなんとか持ちこたえたが、翌年の91年に値上げに踏み切る。しかし、新聞広告で値上げを謝罪するという異例の試みが消費者の胸に刺さったのか、値上げしたにもかかわらず年間販売本数は伸長。93年には、「ヨーグルト味」「レモンスカッシュ」を発売し、翌94年には年間販売本数6600万本を記録する大ヒット商品へと成長した。

「赤城しぐれ」で苦戦したアイスメーカーとは思えない大躍進。しかし、95年以降は類似商品がコンビニのアイスストッカーの中にあふれ出し、90年後半はそれまでの成長が鈍化していく。そこで、赤城乳業は99年にこの先に必要なものを探るべく、全国3万人規模の消費者調査を実施。そこで、衝撃的な事実を突きつけられる。