世界中の製造業に取り入れられた「トヨタ生産方式」

【田原】電機の故障は、基本的にそれで死ぬことはない。

【冨山】オーディオ機器の故障で人は死なないですし、洗濯機などの家電はごくまれに火事の原因になりますが、自動車と同じリスクではないですね。自動車は不具合一つで多くの人命が失われる可能性があり、非常に高度な技術が必要となります。

フォード以外の2社(GM、クライスラー)は経営破は綻たんに見舞われたとはいえ、「ビッグスリー」がいまだに強い存在感を発揮しているのも、技術力ゆえです。日本が得意としてきた大量生産システムを最も洗練させ、自動車産業として求められるやるべきことを、一番愚直に徹底的にやり続けているのがトヨタです。

その結果、トヨタの仕組みは「トヨタ生産方式」として世界中の製造業で取り入れられていて、「カイゼン」という言葉も世界に広がっています。今のところ現場主導の改良的イノベーションの積み重ね、すり合わせの積み重ねが競争力の源泉となるビジネスモデルを維持できており、トヨタはまさにこのゲームの世界トップを走り続けている。

【田原】トヨタの源流にはフォードの存在がある。

【冨山】まさに20世紀にヘンリー・フォードが生んだ自動車の生産システムを、現代的にアップデートしつづけている企業がトヨタです。

誰でも自動車を買える社会を作ったフォード

【田原】そこで、フォードが生んだ経営哲学であるフォーディズムについても話を聞きたい。車はお金持ちが買うものだ、というのが戦前のアメリカだった。しかし、フォードはそれではいけないと考えた。アメリカ人誰もが手に入れるものにならないといけない、と。国民が買えるということは、まずフォードの社員が買えるということが大前提になる。

そこで社員の給料を上げて車を買えるようにした。さらに社員に車に何を求めているかを徹底的に聞いてまわった。社員は使われる側ではなく、消費者であり、大切な顧客でもあった。第二次世界大戦後、アメリカで社会主義が発展しなかったのは、フォーディズムが歯止めになり、機能していたからだと思う。

ここで、単なる資本家と労働者という関係のままだったらフォードや他の製造業はうまくいかなくなり、アメリカでもっと社会主義が広がっていたかもしれない。

【冨山】それもやはり世界の自動車産業に影響を与えていて、トヨタも生産ラインの人たちが自社の自動車を買えるということを大事にしています。コロナ不況のなかでも豊田章男とよだあきお社長が雇用を守る、と宣言していたのも印象的です。こうした発信ができるのも、やはりトヨタがGAFA登場以前の大企業だからですよね。

1970年代までのアメリカの大企業はIBMしかり、GEしかり、GMしかり、多数の中産階級雇用をアメリカ国内に生んでいました。そのモデルの原型を作ったのがフォーディズムです。