脳が人体の他の部位とは決定的に違う理由

そもそも脳とは何か――。

医学的に定義すれば、頭蓋骨の中にある神経細胞の集合体である。

人間の脳は動物の進化の初期段階では、単に神経細胞が集まったコブのようなものに過ぎなかった。進化の過程で大脳、間脳、中脳、小脳、延髄、脊髄から構成される複雑な構造を成し、高度な精神活動を司るようになった。感情、思考、生命維持その他、神経活動の中心的、指導的な役割を担っているのだ。

そして、脳には人体の他の部位とは決定的な違いがある。

心臓、肺、腎臓などの臓器はその役割がほぼひとつ。一方、脳はさまざまな部位から成り立っており、それぞれ異なる働きをしていることだ。

脳内に起きた異常から引き起こされる病気は幅広く複雑だ。認知症、パーキンソン病、てんかんといった内科的なアプローチを主とする病気から、脳腫瘍をはじめとする外科手術を含めた治療を行なうものまである。内科治療が中心とされるパーキンソン病やてんかんが、病状や条件によっては脳外科治療で回復することもある。

脳と心は近い関係にある

脳に関わる疾患を巡って複数の診療科が連携して関わる仕組みがとりだい病院にある。「脳とこころの医療センター」だ。前述の脳神経外科をはじめ、脳神経内科、脳神経小児科、そして精神科の4診療科からなる。

鳥取大学医学部附属病院脳神経内科の花島律子教授。「未知なところが多い分野だからこそやりがいがある」
撮影=中村治
鳥取大学医学部附属病院脳神経内科の花島律子教授。「未知なところが多い分野だからこそやりがいがある」

このうち、脳神経内科では、神経難病と呼ばれるパーキンソン病やなどから脳梗塞、てんかん、しびれ、認知症などまで、神経に関わる幅広い疾患を診ている。

脳神経内科と脳神経外科の区別は、外科手術が可能かどうかで分かれる。また、脳神経の異常がない心の問題を扱うのが精神科だ。しかし、最近では認知症など両方にまたがるようになっているものもある。

脳神経内科から見て、脳神経外科や精神科との連携体制は、患者の治療にどのように生かせるのだろう。脳神経内科の花島律子教授は“てんかん”を例にとる。

てんかん――突然意識を失って倒れ、手足の痙攣などを起こす疾患は、遺伝的素質の他、脳の損傷によっても起きる。てんかんは、「脳神経内科」に区分され、抗てんかん薬の服用、発作を抑制する薬物療法が主流とされている。

ところが――。

「例えば、初見ではてんかんが疑われた患者さんが、原因を調べていくと脳腫瘍が明らかになり、脳神経外科で手術するというケースがあります。他方、脳神経内科と精神科は違いが分かりづらいのですが、診察のはじめに行なうMRIなどの検査結果が、どちらの診療科で治療するかの分岐点になります」

症状からだけでは見つけ出しにくい病気が検査によって明らかになることがある。幻覚や妄想など精神科の疾患が疑われる患者が、検査をしてみると脳炎だったということもある。また、認知症の根本は記憶をはじめ、正常な行動に必要な脳のシステムが壊れることであるため、脳神経内科が診療を行なう。ただ、幻覚や怒りなど感情面の変調が強く現れる場合は精神科と連携する。

脳疾患(脳梗塞や脳出血、くも膜下出血など)や事故による頭部外傷による脳の損傷が原因で記憶障害や失語、暴力的になるなどの高次脳機能障害が起こることがある。日常生活や対人関係に支障をきたすため、心理面に大きな負担が生じることも多い。

前出の黒﨑教授は、喜怒哀楽といった感情を含めた心のありようと脳のつながりは、まだよく分かっていないと言う。

「心は身体のどこにあるのかさえ、まだ分かっていません。でも、脳と心が近い関係にあるのは確かです。術後の患者さんの高次脳機能障害については精神科と連携して治療にあたります」

脳の機能があまりにも分からなかった時代を経て、20世紀はさまざまな研究により謎がかなり解明された。医学界では20世紀を「脳の世紀」と呼び、「心は脳に宿るのか」を議論した。MRIが登場し、遺伝子検査の技術が進化し、現在では心も脳の機能と深く関係しているという概念が一般的になっている。