小室さんの人間形成に影響与えた「ピアノとバイオリン」のある生活環境
少し前に『愛すべき音大生の生態』(PHP)という本を執筆させていただき、音大生のイメージと現実についてなどを取材しました。音大生と聞いて、多くの人がお金持ちの家とイメージしますが、実際その通りでした。
現役大学教授・作曲家で、オンラインのシブヤ音楽大学学長の新垣隆さんと、この本の中で対談させていただいたのですが、大学入試で桐朋学園大学音楽学部に入った新垣さんが、付属校から上がってきた生徒との経済格差を感じた、というエピソードが印象的でした。
「付属の高校から上がってくる人と、大学から入る人と2つの流れがありまして、高校から上がってくる連中っていうのが、なんかもう、ちょっと鼻持ちならない特別な階級なんですよね。演奏も上手いし、余裕があって、それこそ昔の貴族みたいで。うまいし、格好いいし、チャラいし、おまけにソフトボールもできる」
とのことで、柱や木の陰から見ている新垣さんの姿が目に浮かぶようでした。とはいえ30歳くらいまで実家暮らしで音楽に没頭していた新垣さんも、普通より恵まれた環境だったのではと推察します。良い演奏をするには、やはりアッパーな文化に触れて育ったほうが良いのかと伺うと、「なんらかの豊かさを知ってるかどうか」が重要だとおっしゃっていました。小室さんもきっとそんな生活環境で育ったのでしょう。今ならYouTubeや配信サイトなどで、文化を吸収できるので、ある程度は自分のやる気次第かもしれません。
「お金があれば余裕が生まれて上達するのが音楽の世界」
この書籍のための取材では、国立音大出身で音楽プロデューサーであり、作詞作曲編曲家、ボイストレーナーとして活躍しているMinnie P.さんの話も印象的でした。お姫様っぽい雰囲気なので、お嬢様育ちで、幼少期から音楽関係の習い事をたくさんたしなまれていたのでは? と思っていたのですが、実際はかなりの苦学生でいらっしゃいました。
親の反対を押し切って音大のピアノ科に進んだため、海外コンクールの話が来ても渡航は不可能。生活費を稼ぐため、忙しいレッスンの合間にバイトをせざるを得なかったMinnie P.さんですが、それまで毎日8時間から12時間座ってピアノを弾く生活だったので、スーパーでの長時間の立ち仕事に体がついていかないという現実が。バイト終わりは立って歩けなくなってしまったそうです。
「帰り道は這って進んだんです。這ってる女って見たことありますか? 貞子くらいですよね。しばらく這って、ちょっとしたらまた歩いて、這っての繰り返しでなんとか帰り着きました」
と、真剣なまなざしで語る姿に当時の気迫が感じられました。他に、果敢にもウエイトレスのバイトなどしたそうですがストレスで腹痛を起こし救急車で運ばれて、3日で辞職。店長はバイトを始めたときから「音大生はすぐやめるんだよな~」と言っていたそうです。その後、派遣でピアノ演奏する仕事にたどり着いてスキルを生かせたそうです。
「お金があれば余裕が生まれて上達する、というのも真実だと思います。でも、お金があったら今の私はいないですね」「今の集中力とプレゼン力は当時の苦労の賜物です」と前向きに捉えていたMinnie P.さん。金銭的に恵まれた環境で何不自由なく才能を伸ばす人もいれば、試練があるほど鍛えられる人もいるのです。