認知症の父は20代で最愛の妻を亡くした悲しみの中、娘を育てた
2021年に入り、藤原さんは父親に、「63歳になったら近所にある有料老人ホームか、グループホームに移ってもらおうと思う」という話をした。おそらく父親の認知症の進行具合では、それ以降の在宅介護は厳しいことが想像できたからだ。
かねて「この先、認知症が進行して、お前たちに暴力を振るってしまうかもしれないことが怖い」と話していた父親は、黙ってうなずいた。
「昨夜は父に、息子のお着替えを手伝ってもらいました。主治医から『育児は脳への刺激になるから手伝いなさい』との指示があり、危険なこと以外はお願いしています。息子の笑顔につられて父も笑顔になる様子を見ていると、子供の力はすごいと思います。幸い父は、息子の育児に関して、抱っこしたり、遊んであげたりと積極的です」
父親はまだ1人で入浴できているが、だんだん奇行が増えているため、「ちゃんと洗えているのか?」と藤原さんは心配している。
「(同じ認知症介護の)家族会に参加したとき、奥様の介護をされている男性が、『一緒にお風呂に入って介助している』と言っていたのですが、父と娘ではやりづらいです。最近1泊2日でショートステイを使い始めたので、父が慣れてきたら、施設のお風呂が使えるように促していこうと思っています」
藤原さんの父親は、認知症になったことから金銭・女性トラブルを起こしてしまったが、20代でがんになった妻の看病を懸命に行い、最愛の妻を亡くしたばかりの悲しみの中、男手ひとつで娘を育てあげた。藤原さんはそんな父親を尊敬しているし、感謝もしている。
「亡くなった母は、非の打ちどころのない妻だったようで、認知症になってから父は、母と私を比べるようになり、時々イラッとさせられます。『今父のために尽力しているのは私だ!』と、大声で叫びたくなるときもありますが、これからもできる限り、父を大切にしたいと思っています」
育児と介護……藤原さんのダブルケアは始まったばかりだ。
藤原さんは「息子を優先してあげられないときに罪悪感を覚える」と話すが、一般的に、ダブルケアの担い手は、自分を一番後回しにする人が少なくない。藤原さんの場合、胃腸が弱くアレルギーがあり、肺や気管支も心配だ。
父親が63歳になるまであと2年。なかなか難しいかもしれないが、育児はもう少し夫の協力を得、介護はショートステイやデイサービスを利用し、「自分を最優先」にして取り組むことが、長距離走に似たダブルケアを乗り越えるコツではないかと私は考えている。