スポーツ推薦などで大学に入学し、箱根駅伝を目指す陸上のエリート選手。だが、その大半は結局、夢を果たせない。40~70人の長距離部員から大会に登録されるのは16人、最終的に出走できるのは10人だけ。元箱根ランナーのスポーツライター酒井政人氏は「10区間の選手は大勢の走れざる者たちのためにも死力を尽くすのです」という――。
1区、一斉にスタートする選手たち=2020年1月2日、東京・大手町[代表撮影]
写真=時事通信フォト
1区、一斉にスタートする選手たち=2020年1月2日、東京・大手町[代表撮影]

ウラ箱根駅伝、走らざる者たちの涙の物語

箱根駅伝に出場できるのは往路5人、復路5人の10人だけである。

選抜されるために、その10人はこれまでいくつもの“関門”をクリアしてきたが、クリアできなかった者も多い。主役といえる出走ランナーたちの陰で、何人もの選手が悔し涙を流している。

筆者は、かつて東京農業大学の1年生だったときにたまたま箱根駅伝の10区に出場できた。その際、最上級生の“涙”を目撃した。当時4年生の先輩Aは練習で先頭を引っぱることも多く、実力的にはエントリーできる14人(現在は16人)に入っていた。

しかし、当時の監督は経験を積ませるために1年生を4人もエントリー。その先輩は最後のチャンスを逃した。エントリー選手発表の翌朝、その先輩は練習に現れなかった。そんなことはこれまで一度もなかったが、誰もその理由を聞かなかった。

長距離部員40~70人から選抜される10人、残りは夢の舞台に立てない

通常、箱根駅伝を走る10人に選ばれるには、長距離部員40~70人のなかから激しい競争を勝ち抜かなければならない。人数だけを考えれば、さほど競争率が高いようには見えないが、部員全体のレベルが高い。3~4年連続で出場する主力選手もいるため、各学年十数人のうち、箱根を経験できるのは3~5人ほどだ。全国から集まった精鋭たちのうち、半数以上は夢の舞台に立つことができないまま、大学を卒業することになる。

箱根駅伝の常連校には毎年15~20人前後の1年生が入部する。そのうち10人前後がスポーツ推薦だ。高校時代の恩師や両親に期待されて入学してきたエリートといえるだろう。一方、スポーツ推薦以外で入部する選手もいる。筆者もいわゆる一般組だが、最初の“関門”は入部できるかどうかだ。

たとえば東海大は5000mで15分00秒以内が基準になっている。仮入部は認められるものの、一定基準をクリアするまでは準部員という大学もある。いずれにしても実力が“規定”に満たない選手は、早々に退部する運命にあるのだ。

上下関係の厳しさ、練習についていけないなどの理由で1年生はどんどん減っていく。以前取材した大学では、1年時の春には20人を超える長距離部員がいたが、4年生の箱根前には6人(+マネージャー転向2人)になっていたということもある。

加えて、2年時のどこかのタイミングで、選手のなかからマネージャーを1人出すという大学も多い。以前取材した名門校の主務を務めていたあるBもそうやって選ばれた。1年時の箱根が終わった後に、部員3人を呼び出したコーチは言った。

「このなかからマネージャーを出すから」

レギュラー争いだけでなく、チーム内の下位グループにも“見えないバトル”があるのだ。半年後の学年ミーティングでマネージャーに選ばれたBはその夜のことが忘れられないと話していた。

「僕は泣き虫なんですけど、その場では泣きませんでした。でも、ミーティングが終わって、ひとり暮らしの部屋に帰ってから泣きましたね。ひたすらひとりで泣きました。でも、精神的にも参っていたので、『やっと解放される』という気持ちもあったんです」

マネージャーを務める男子部員の大半は元選手だ。箱根駅伝の出場を夢みて入部するが、チームのために“裏方”にまわる。「自分も走りたい」という気持ちを押し殺して。そうやって、強豪校には独自のチーム構成が確立されていくのだ。