2025年4月から半年間、大阪湾の人工島「夢洲」で国際博覧会(大阪・関西万博)が開催される。日本総合研究所マクロ経済研究センター所長の石川智久氏は、「この万博の開催期間中の経済効果は、東京オリンピック・パラリンピックより大きい。日本経済に大きなインパクトを与えるだろう」という——。

※本稿は、石川智久『大阪が日本を救う』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

2025年大阪・関西万博のロゴマークに決まった「TEAM INARI(チームイナリ)」の作品と代表のシマダタモツさん=2020年8月25日、大阪市北区
写真=時事通信フォト
2025年大阪・関西万博のロゴマークに決まった「TEAM INARI(チームイナリ)」の作品と代表のシマダタモツさん=2020年8月25日、大阪市北区

万博は大阪にとっての式年遷宮

万博が決まって以降、様々なところで講演会などをさせていただいているが、そこで痛感することが一つある。それは大阪にとって万博は一種の式年遷宮であるということだ。

式年遷宮とは大きな神社や仏閣が数十年に1度、建物を建て替えること、古くなったものを建て替えるという意味もあるのだが、伝統技術を若い世代に伝えていく効果もある。

1970年の万博は50年前の話であり、当時のことを知らない若い世代は非常に多い。また当時を知る世代も細かい話は今では忘れているというのが現実であろう。しかし2025年に万博を開催することになったため、現役世代は当時の世代に真剣に話を聞くようになっている。それによって当時の知識や経験が若い人に伝わるという副次的な効果をもたらしていることを感じる。

私は1974年生まれであるので1970年万博のときには生まれていない。ただし万博決定以降、1970年万博のときの空気や現代にも活用できそうな経験、そして、現代人が失ってしまった活気なども教えてもらった。このように今、大阪では万博時代の経験を語り合うことで先輩世代と現役世代の間でコミュニケーションが生まれている。どの地域でも40年か50年に1回は大きなイベントをすることによって、地域ぐるみで事業承継を果たしていくということが後の世代を育てるために必要なのであろう。

そんな万博だが、松井一郎氏や橋下徹氏が誘致を言い始めたときは「維新の会が勝手なことを言っている」「誰がお金を出すのか」といった空気であった。結果として盛り上がり始めたのは実は誘致決定の半年前ぐらいからだ。