11月3日の米大統領選挙が近づいている。前回はソーシャルメディアを舞台にした情報戦がトランプ政権誕生を後押しした。今回はどうなるのか。その観点から米国で話題を集めているのが『マインドハッキング』(新潮社)という本だ。筆者はフェイスブックから8700万人分の個人データを不正入手して、前回選挙に「心理戦版大量破壊兵器」を投入した人物。一体どんな手口で「兵器」を作ったのか——。

※本稿は、クリストファー・ワイリー著、牧野洋訳『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(新潮社)の一部を抜粋し、再編集したものです。

2018年5月16日、ケンブリッジ・アナリティカの元従業員で内部告発者のクリストファー・ワイリーが、ケンブリッジ・アナリティカとデータプライバシーに関して上院司法委員会で証言している
写真=AFP/時事通信フォト
2018年5月16日、ケンブリッジ・アナリティカの元従業員で内部告発者のクリストファー・ワイリーが、ケンブリッジ・アナリティカとデータプライバシーに関して上院司法委員会で証言している

友人データも収集するアプリ「マイパーソナリティー」

2014年春、アレクサンダー・コーガン(英ケンブリッジ大学の心理学者)は計量心理学センターに所属する2人の研究者を紹介してくれた。デービッド・スティルウェル博士とミハル・コシンスキー博士だ。2人はフェイスブックから合法的に膨大なデータセットを入手し、ソーシャルメディア利用による心理プロファイリングの草分け的な存在になっていた。

その原動力になったのが、スティルウェルが07年に開発したアプリ「マイパーソナリティー」だ。ユーザーはアプリを使うために自分のパーソナリティーについてアンケートに答える。そうすると性格診断結果をもらえる。一方、アプリ開発者はユーザーの心理プロファイルを保存し、研究用に利用する。

「どうやってデータを手に入れたのですか?」と私は聞いた。

「アプリ経由で手に入れました」

フェイスブックは第三者による研究を大歓迎していた。ユーザーについて深く学べば学ぶほど、より多くの利益を生み出せると考えているからにほかならない。私はスティルウェルとコシンスキーの2人からデータ収集の経緯を聞かされ、同社がいかにユーザーデータの提供に前向きなのかを理解した。ユーザーのプライバシーに関しては同社の管理体制は驚くほど緩かったのだ。

驚いたのは、「マイパーソナリティー」がユーザーデータに加えて、フレンドリストに掲載される友人データも自動的に収集していた点だ。アプリによる友人データの収集についてユーザー本人の承諾は事実上不要になっていたのだ。フェイスブックの基準では「フェイスブックユーザーとして登録=友人データの利用を承諾」と見なされていた。友人にしてみれば、自分の個人データが「マイパーソナリティー」に吸い上げられているとは想像もできないだろう。

200万ダウンロードなら3億人のプロファイルが手に入る計算

平均的なフェイスブックユーザーは150~300人の友人を持っている。私はスティーブ・バノン(トランプ政権発足時の大統領首席戦略官)とロバート・マーサー(米億万長者)を思い浮かべた。これを知ったら大喜びするに違いない! アレクサンダー・ニックス(英系軍事下請け会社ケンブリッジ・アナリティカ=CAの経営トップ)はちょっと違う。バノンとマーサーが大喜びする姿を見て大喜びするだけだ。

私はにわかには信じられなかった。

「一つ確認させてください。例えば私がフェイスブックアプリを作成して、千人のユーザーを得たとしましょう。そしたら……15万人分のプロファイル(プロフィール)を得られるというわけですか? 本当に? フェイスブックが認めてくれると?」
「そういうことですね」

つまり、200万人が「マイパーソナリティー」をダウンロードしたら、3億人のプロファイルが手に入る計算になる(そこから友人の重複分を差し引く)。これは想像を絶するほど巨大なデータセットだ。

15年発表の研究論文──執筆者はヨウヨウ、コシンスキー、スティルウェルの3人──によれば、人間行動の予測という点では、フェイスブックの「いいね!」を利用するコンピューターモデルは圧倒的なパフォーマンスをたたき出す。