本人自身よりも、本人の習慣について熟知している
Aの行動を予測するとしよう。「いいね!」10個で、Aの職場の同僚よりも正確に予測できる。150個で、Aの家族よりも正確に予測できる。300個で、Aの配偶者よりも正確に予測できる。なぜこうなるのか? 友人や同僚、配偶者、両親はAの人生の一面しか見ていないからだ。
そもそも、Aは対友人、対同僚、対配偶者、対両親で異なる行動をしており、それぞれに対して違う印象を与えている。そのため、午前3時に合成麻薬MDMAを2回打ってハイになっているAを両親は想像できないし、上司がいるオフィス内で控えめに礼儀正しく振る舞うAを友人は想像できない。
だが、フェイスブックはどうだろうか。Aの対人関係全般をのぞき見している。スマホで何をしているのかをフォローしているし、インターネット上で何をクリックして何を買っているのかも追跡している。このようにしてデータを集めることで、Aが本当はどんな人間であるのかを正確に把握している。友人や家族よりも。ある意味では、Aの習慣についてA自身よりも熟知している。
論文の著者3人は「パーソナリティー判定でコンピューターは人間を追い越した」としたうえで、「心理的評価やマーケティング、プライバシーの領域で、可能性が大きく広がると同時に問題も出てくる」と指摘している。
データテーブルは指数関数的に大きくなっていった
フェイスブックアプリのローンチは14年6月となった。われわれはコンピューターの前に立っていた。ケンブリッジ大にいるコーガンがアプリをローンチすると、誰かが「やった」とぼそっと言った。これでゴーライブ(本格稼働)だ!
それからオフィス内には拍子抜けした雰囲気が漂った。5分、10分、15分……。何も起きなかったのだ。オフィス内はそわそわし始め、ニックスは「一体どうなっているんだ? 何でわれわれはここで立っているんだ?」とほえた。私は特に驚かなかった。人々がMタークの調査票を読んで回答し、アプリをインストールするまでにはそれなりの時間が必要だと分かっていた。
予想通り、ニックスが不平不満を言い始めてから間もなくして、1人目が反応した。続いて2人目、20人目、100人目、千人目……。秒単位でまるで洪水のように回答者が押し寄せてきた。ニックスが効果音を好むと知っていたので、タダス・ジュシカス(CAの最高技術責任者)はビープ音が鳴る人数カウンターを設置した。こんなくだらない仕掛けに喜ぶなんてニックスはどれだけ間抜けなのだろう、と思いながら。
以後、ジュシカスのパソコンからビープ音が鳴り続けた。数字のゼロが増えるにつれてデータテーブルは指数関数的に大きくなっていった。友人データも加えられているからだ。オフィスの中の誰もがエキサイトしていた。データサイエンティストにとっては純粋なアドレナリンを注入されたようなものだ。
スティーブ・バノンが人名と州名を言うと……
バノンはわれわれの進捗状況をチェックするため、それまでよりも頻繁にロンドンへ出張するようになった。フェイスブックアプリのローンチ直後にもロンドンへやって来た。巨大なスクリーンが置かれている役員室にわれわれと一緒に入った。
ジュシカスは近況について短いプレゼンを終えると、バノンに向かって言った。
「何でもいいから人名を言ってください」
バノンは困惑した表情を見せながら、名前を一つ言った。実名だったが、ここではAとしておこう。
「いいですね。それでは何でもいいから州名を言ってください」
「どういうことだ? では、ネブラスカでどうかな」と彼は言った。