コンピューターの中で「彼女の人生」をそのまま複製できる
ジュシカスはキーボードをたたき、スクリーン上に一覧を表示した。Aという名前のネブラスカ住民の一覧を見せたのである。続いて、そのうちの一つをクリックした。すると、大勢のAの中の一人──女性──についてのあらゆる個人情報がスクリーン上に出てきた。顔写真、勤務先、自宅、子ども、子どもが通う学校、自家用車──。
ほかにもある。彼女は12年の大統領選挙でミット・ロムニーに投票し、歌手のケイティ・ペリーのファンで、ドイツ車アウディを運転する。全体としてちょっとありきたりだ。われわれは今では彼女について何でも知っている。しかも彼女の情報──彼女に限らず多くのプロファイルの情報──はリアルタイムでアップデートされている。彼女が今フェイスブックに何かを投稿すれば、われわれには直ちに見えるのである。
ここで思い出してほしいのは、手元のデータはフェイスブックデータに限られないということだ。われわれは多様なルート──民間業者や州政府──から個人データを購入し、フェイスブックデータと統合している。国勢調査の欠測値補完データも取得している。
そんなわけで、われわれは彼女の住宅ローン申請データを持っている。彼女がどれだけ稼いでいるかも知っているし、彼女が銃を保持しているかどうかも知っている。航空会社のマイレージ情報を見れば、どれだけ飛行機に乗っているのかも分かる。結婚しているかどうかも分かる(彼女は結婚していなかった)。健康状態もつかめる。グーグルアースを使って自宅の衛星写真も手に入る。言い換えると、われわれのコンピューターの中で彼女の人生をそのまま複製できるということだ。もちろん彼女はそのことについては何も知らない。
「別の名前を言ってください」とジュシカスは言った。バノンから名前を聞き、同じことを繰り返した。3人目のプロファイルを表示したときのことだ。それまで無関心だったニックスが背筋をぴんと伸ばした。
「電話番号はあるの?」「ありますよ」
「ちょっと待って」とニックスは言った。黒縁メガネの奥で目を丸くさせていた。「こういうのが一体いくつあるんだ?」
「何だって?」とバノンは厳しい声で言った。プロジェクトに無関心だったニックスに対していらいらしている様子だった。
「今の段階で数千万人に達しています」とジュシカスは答えた。「このペースでいけば、年末までに2億人を達成できるでしょう。それまで十分な資金があればの話ですが」
「それで、われわれはこの人たちについて、文字通り何でも知っているということ?」とニックスは聞いた。
「そうですよ」と私は代わりに答えた。「そもそもそれが狙いなのです」
ここでニックスはようやく気が付いたようだ。われわれのプロジェクトが何なのか、初めて腑に落ちたのである。これまでデータやアルゴリズムにまったく興味を示さなかったが、スクリーン上で生身の人間のすべてを知って、イマジネーションが湧いたようだ。
「電話番号はあるの?」とニックスは聞いた。
「ありますよ」と私は答えた。
するとニックスは──たまにそうなのだが──奇妙でありながらも華麗な行動に出た。スピーカーフォンの前に行き、「電話番号を教えて」。ジュシカスから番号を聞くと、すぐに入力した。
数回呼び出し音が鳴ると、誰かが電話を取った。「もしもし?」と女性の声。彼は上品ぶったアクセントで説明を始めた。