そこで取材マインドを発動するのです。「これは取材なんだ」と思いながらラーメン屋さんに入れば、いろいろなことに気づきます。すると、

すごくおいしいラーメンだった。ただひとつ気になったのは、出されたときに店主の指がスープに浸かっていたことだ。

とか、

そのラーメン屋には「人生は濃厚なスープ」という格言が貼ってあった。なぜラーメン屋は格言が好きなのだろう。ただラーメンを食べたいだけなのに、人生論を押し付けてくる店は少々暑苦しい。

といった一味違った文章が生まれます。

取材マインドがあれば、ラーメン店の選び方も変わってくるかもしれません。

たとえば日高屋などのチェーン店ではなく、商店街の外れにあるさびれたラーメン屋を選んでみる。いつ見ても誰も入っていなくて、店主がずっと新聞を読んでいるような店です。そういうところにあえて入ってみたら、ネタの宝庫です。「なぜか手伝わされた」とか「追い返された」みたいなことがあっても最高のネタになります。

ものごとに敏感な人は「取材」に向いている

「ものごとに敏感な人」「神経質な人」「違和感を抱きやすい人」は取材マインドの持ち主です。逆に「何を食べても、何をやっても、なんとも思わない」「世の中になんの感情もない」という人はネタを見つけづらいでしょう。

いちいちイライラする人や細かいことが気になる人は、生きづらいかもしれませんが、それをアウトプットすれば立派なネタになります。ふと感じたことについて、いちいち立ち止まって考えることも大切です。

たとえば「ゴッホ展」などの美術展に行くと、入ってすぐのところに「はじめに」のような長々とした文章が書いてあります。ゴッホは何年に生まれて、なんとか財団の協力を得て、どうのこうのと書いてある。それを20人くらいで囲んで読んでいる。

「……あれ、意味なくないですか?」と思うのです。

絵をみんなで囲って見ているならわかります。でも、文章なら紙に書いて配ってもらえれば手元で読めるし、サイトに載せておいてもらえばいい。音声や映像で流しておいてもいいでしょう。なのに押し合いへし合いしながら「はじめに」を読んでいる。

たしかに「あの場で読む」ことに意味があるのかもしれません。でも「せっかく入場料を払ったのだから、隅々まで読んで元を取らなきゃ」というだけの人も少なからずいるのではないかとぼくは踏んでいます。