友人や知人と交渉すれば、時間も節約できるし、双方の利益を──ある程度までではあるが──高めることもできる。研究者たちの調査結果によると、自分のネットワークの外でいくらでも交渉相手を見つけられる人は、友人との交渉では見知らぬ人と交渉する場合より少ない利益しか手にしない傾向がある。逆に選択肢が少ない人は、友人と取引するほうが多くの利益を得ることができる。

得られる可能性のある経済的利益を捨てて、代わりに人間関係を維持、または強化することを選ぶネゴシエーターもいる。仕事上であれ、個人的であれ、相手との関係を重視する人々は、往々にして他の人々と交渉するチャンスを捨てることで誠実さを示そうとする。これが賢明な策かどうかは、あなたがその交渉とその関係から長期的に何を得たいと思っているかによる。

 

関係とイメージ

人間は親しみを感じている相手にはよいイメージ(もしくは幻想)を持つものだ。ロレンザが最初に電話した地区担当副社長は、彼女が提案している製品が自社のラインにそぐわないことは承知していたのだから、同じ電話が見ず知らずの人からかかってきていたら、おそらくその案を問題外だと思っていただろう。しかし、彼はロレンザをすばらしいアイデアの持ち主だと思っていたので、その計画に見るべきものがあるかもしれないと判断した。

交渉がうまくいかなかったとしても、プラスのイメージは信頼のクッションを与えてくれる。あなたが不機嫌だったとしても、そのことはあなたが自分の信頼する人々に対して抱いているプラスのイメージには、おそらく影響を及ぼさないはずだ。見知らぬ人間同士の交渉でよくある悪感情の負のスパイラルは、友人や同僚同士の交渉ではめったに生まれないものだ。

しかし、親しい関係は相手の交渉態度についての解釈にマイナスの影響を及ぼすこともある。一般にわれわれは、前から知っている人にはそうでない人に対してより多くを期待する。したがって、損にならない程度の利益しか出ないオファーは、見ず知らずの相手から出されたら仕方ないと思えるかもしれないが、友人から出された場合には裏切りのように感じられることがある。

 

共通の理解

良好な関係にあるネゴシエーター同士は、交渉の進め方や世の中をどう見るか、という点で共通の考えを発展させる結果、容易に合意に至りやすい。ロレンザは自分の交渉が成功したのは、相手の大企業のCEOが自分と同じ起業家精神を持っていたからだと言う。

一方で、実際には両者の考えが違っているのに、当人たちは共通の理解があると思い込んでいる場合もある。シカゴ大学の心理学者、ボアズ・キーサーとニック・エプリーは、実験でこれを明らかにした。被験者に、セロハンテープとオーディオテープを含む多様な品物が並んでいるのを見せ、次に、セロハンテープを紙袋の中に隠してもとの位置に戻すよう指示する。それから誰かがその部屋に入ってきて、並んだ品物の中から1つの品物を取ってくれと頼む。友人から「テープ」を取ってくれと言われたときには、そこに見えているオーディオテープではなく、セロハンテープの入った袋を取ろうとする確率が高かった。被験者は無意識のうちに、友人が自分と秘密の知識を共有していると思い込んだのである。そうした錯覚のために、交渉で相違点を見つけるチャンスをつかみそこねることがある。