中国、さらには投資銀行の参入による急激な船隊拡張は、世界的な船員不足をも招くと懸念されている。「これが一番頭の痛いところ」と芦田は嘆息する。

相馬丸は、オーストラリアと福島県の相馬港を結ぶ石炭専用船。石炭はパイプラインで近くの火力発電所へと運ばれる。

相馬丸は、オーストラリアと福島県の相馬港を結ぶ石炭専用船。石炭はパイプラインで近くの火力発電所へと運ばれる。

商船三井は傘下に約1万3000名の船員を抱えるが、日本人はわずか300名に留まる。多国籍化が進んでおり、乗組員全員が外国人の船も多い。日本人船長が率いる船も「船長と機関長を除く乗組員20名は、すべてフィリピン人」(相馬丸・大井伸一船長)という状況だ。

これまで商船三井は、アジア、欧州各地に船員養成所を設立して要員を確保してきた。今後も外国人船員に頼らざるをえない。商船三井だけでなく、海運会社すべてに共通するこの問題は、国家の安全保障に暗い影を落とす。

日本はエネルギー資源の99%以上を船で輸入する国だ。荷動きは少なくなったとはいえ輸出産業も船が命綱。海運は国民生活を担う大動脈である。

にもかかわらず、日本籍船と日本人船員は減り続けている。日本の商船隊約2200隻のうち日本籍船は100隻足らず。日本人船員はピーク時の5万7000人から2000人少々に激減した。

相馬丸の大井伸一船長(写真右)、小田勇雄機関長(写真左)とフィリピン人船員たち。会話はすべて英語で行われている。

相馬丸の大井伸一船長(写真右)、小田勇雄機関長(写真左)とフィリピン人船員たち。会話はすべて英語で行われている。

80年代のイラン・イラク戦争下では、延べ6万人の日本人船員が石油輸送を担った。だが、いまではタンカーも外国人頼み。船員には国籍を問わず、労使契約で「軍事行動区域のあらゆる情報が与えられ、下船する権利」が認められている。

万が一のとき、日本のエネルギー資源や食糧を誰がどう運んでくるのか。

政府は今年度の税制改正法案に「トン数標準税制」を盛り込んだ。従来の法人税ではなく、船のトン数に応じて「みなし利益」を算出して課税する方式だ。いわゆる外形標準課税で、商船会社は儲かったときに内部留保を蓄えられる。オランダ、ドイツ、英国、米国、韓国なども自国の海運を強化するためにトン数税制を採り入れた。政府は対象を「日本船籍」に限定してトン数税制を導入する法案を提出している。つまり法人税を軽減するから日本船籍を増やせ、というわけである。税制改正関連法案が、衆議院で再可決されればトン数税制も始動するだろう。グローバル化と国家への貢献。究極的なテーマが、船影の向こうに見え隠れする。

「トン数標準税制の本来の目的は、国際競争力の確保とイコールフッティング。諸外国では一定の条件を満たせば、船籍を問わず、運航船が対象とされます。将来、そうした制度に近づけるよう、改善していただきたい。もちろん、日本の企業ですから、国益はしっかり頭に入れてやりますよ」と芦田は力強く語った。商船三井は軸足を日本に置きながら、思考は常に世界へ向いている。(文中敬称略)

(永井 浩=撮影)