これまでは学校の先生からの「持ち込み原稿」を断れなかった

さらに問題だったのは、編集が持ち込み原稿を断れないこと。うちは教育書専門なので学校の先生からの売り込みが多いのですが、断る勇気が持てず押し切られてしまう。教育の世界は狭いし、これまでのつき合いやしがらみもあったのでしょうが、何でも引き受けていたらつまらなくて売れない本ばかりになってしまいます。

こうした悪しき慣習や社内の空気は断ち切らなければならない。そこで社長になったとき、「私を悪者にしていいから、自分が作りたくないものは全部断れ」と明言しました。「新社長がやるなと言っているから」と私を理由に使えばいいからと。そして著者ではなく読者である先生たちに目を向けて、どんな需要があるかを考え、自分が本当に作りたい本を企画してほしいと伝えました。

出版とは本来そうあるべきだし、それが出版の面白さでしょう? 持ち込まれた原稿をそのまま出すなんて、つまらないじゃないですか。だから意識改革にはかなり力を入れました。

やるべきことをきちんとやらないというムラ社会特有の甘さもあったので、規律も正しました。厳しく引き締めたので、反発して会社を離れて行った人もいます。でも結果的にそれでよかった。社長は本気だと伝わり、社内にピリッとした空気が生まれました。ようやくムラを脱却し、会社としてスタートを切れたわけです。

社長は監督で、社員は選手

——改革の成果は出ましたか。

東洋館出版社 社長 錦織 圭之介氏
撮影=プレジデントオンライン編集部

編集者たちがイキイキと本を作るようになりました。それと共に、全体の売上も底上げされました。以前は売れる本もあれば、まったく売れない本もあったのですが、まったく売れない本がなくなって、どれもまあまあ売れるか、すごく売れるかになった。編集者が作りたいと思うもので、それがニーズに合っていれば、結果は出るということです。それを繰り返すことで編集者は自信をつけ、さらに伸び伸びとチャレンジするようになりました。

本人たちがやりたいと思った企画を、社長の私が却下することはほとんどありません。現場でしっかり議論し、「自分たちはこんな本を作りたいし、需要もある」と判断したなら、社長はゴーサインを出せばいい。

スポーツに例えるなら、「社長は監督で、社員は選手」というのが私の考えです。監督ができることは、選手が伸び伸びと楽しくプレーできる環境を用意することと、責任をとることだけ。もちろんチームとして目指す方向性は示す必要がありますが、あとは選手がやりたいようにやらせるのが監督の役目だと思っています。