「いつか社長になるが、まだ社長ではない」という中途半端さ

——まったく未経験の出版の世界に、3代目の新米社長として転じました。どんな苦労がありましたか。

東洋館出版社 社長 錦織 圭之介氏
撮影=プレジデントオンライン編集部

正確には、私が東洋館出版社に入社した時点では父が社長として在籍中でした。そこから父が亡くなるまでの1年間は、「いつか社長になるが、まだ社長ではない」というのが私の立場でした。

当時を振り返ると反省ばかりです。父は抗がん剤の影響で気力体力ともに低下していたので、私は「父の代わりを務めなければ」と会議でもあれこれ意見したんですよ。でも父としては、息子が何を言っても「お前にはまだ早い」と聞く耳を持たない。一方、従業員たちは父と私のどちらを見ればいいかわからず困惑し、社内は混乱しました。

たとえ事業承継を視野に入れたタイミングでも、あくまで船頭は一人であるべきだ。これがその時に学んだことです。それに気づいてからは、会社の置かれている状況や課題を把握することに努めました。

従業員は真面目で優秀だが、「本気度が足りない」と思った

——実情を把握してみて、東洋館出版社はどんな会社だと感じましたか。

東洋館出版社の事業の意義を実感できたことが私にとっては大きかったです。父はよく「教育は国家の礎である」と言っていました。東洋館出版社は教育書専門の出版社として、なかでも「教科教育」と呼ばれる分野に注力してきた。つまり、学校の先生が授業をする時の参考にしたり、授業の準備を手助けしたりするための本です。

教育には、親が与える教育もあれば、塾や予備校が与える教育もありますが、やはり子供にとって学びの場といえば学校です。だから学校の先生が教える内容がしっかりしていなければ、しっかりした子は育たない。最近は教師の質が低下していると言われますが、だったらなおさら先生たちも良い授業をするために勉強する必要があります。だから先生の学びを手助けし、授業の質を高めることを目的とした出版物を届けることは、私が考えていた以上に大きな社会的意義がある。そう思えたことで、私自身がこの会社に入った意味も明確になりました。

——社長に就任してからは、社内の業務や組織風土をどう変えていったのですか。

うちの従業員は皆、真面目で優秀なんです。そのことで社長の私もかなり救われてきました。ただ一方で、小さな会社だけにムラ社会になりがちな面もあった。何か新しい取り組みを始めても途中で放置され、最後までやり遂げられない。「できなくても仕方ないよね」と従業員がお互いにかばい合い、「それじゃダメだろう」と厳しいことを言う人もいなければ、「絶対にやり抜こう」と強力に推進する人もいない。一言で表すなら、「本気度が足りない」ってことでしょうね。それは大きな課題でした。