無責任発言、揚げ足取りに付き合う必要はない
私にも何人か、「こいつだけは許さない」「本当に嫌いだ」と見限り、ネット上で関わらないようにしている人間が存在する。そのほとんどは“論客”的な立ち位置にしがみつき、なんでもわかっているような口ぶりで相手を見下してくるアラ還のオッサンたちだ。彼らはいちいち、こちらの揚げ足を取ってくるので邪魔で仕方がない。要するに構ってほしいのだろうが、私は「無視」ないしは「ブロック」で対処することにしている。
とかく「ツイ廃」のようになった過去の論客は、支持者から寄せられる感嘆や礼賛など心地よい言葉にばかり浸り、視点や主義主張の異なる意見に耳を傾けられなくなっている。一時期は尊敬していた人物もいるが、もはや「終わった人」「ロートル」「老害」なんだな、と思う。そんな相手とは金輪際、接点を持たなくてもなんら問題ない。
百歩譲って、家族や友人などごく限られた人々しかいない、クローズドな環境での雑談程度であれば、自分本位で狭量な批評、無責任で乱暴な批判も許容されるかもしれない。しかし、SNSのように開かれた環境で批評や批判を口にするのであれば、くれぐれも慎重になるべきである。
人間の「欲深さ」を前にして、性善説は通用しない
今回の一件を受けて、改めて人間の醜さを痛感してしまった。そして「善意」に基づいたSNSの利用には限界があると再認識した。
最近、「納豆ご飯セット一生涯無料パスポート」を1万円で提供するという納豆定食屋のクラウドファンディングが炎上し、ネットで話題になった。当該の納豆定食は通常600円なので、「17回食べれば元が取れる」とアピールし、多くの出資者が集まった。ところが、店に来ても無料の定食だけを(1日1回という制限はあるが)16回連続で食べ続ける人など、他のメニューを注文しない客ばかりが来訪。店側は「信頼性が損なわれた」として、パスポートを無効にしようとしたのだ。
おそらく店側は「いくらなんでも、毎回無料のものばかり食べるワケないよね~♪ 1回無料で食べたら、5回くらいは有料のものも食べて応援してくれるよね~♪」などと想定したのだろう。だが、これは店の認識が甘すぎだ。あまりにも性善説に立脚しすぎている。
私のように、これまでの経験からネットの性善説をほとんど信じていない人間からすると、この状況は「そりゃ、そうなるだろうな」としか思えない。寄付した人は、善意を持つ人ばかりではない。「とにかく、少しでも安くメシが食いたい」「タダでOKといったのはそっちだろ。無料メニューだけ注文してなにが悪い」「自分さえ得することできれば、他は知ったことではない。店が損しようがどうでもいい」などと考える人間は、想像以上に多いのだ。どんなにクラウドファンディングの目的としてキレイごとを並べようとも、そこに信頼関係は存在せず、ただ人間の欲だけが渦巻いていたのである。