※本稿は、為末大著『Winning Alone(ウィニング・アローン) 自己理解のパフォーマンス論』(プレジデント社)の一部を抜粋・再編集したものです。
「もう次はない」アスリートたちがいる
2020年の東京五輪は延期になった。春夏の高校野球、インターハイ、全日本中学選手権インターハイも中止。そうせざるを得ないのだろうというのはわかる。しかしこれらの大会を目標に頑張ってきた選手も多いと思う。もし自分が今アスリートだったらと思うと表現できないぐらいの不安に襲われているだろう。自分のピークがどこまでもつだろうかという思いにとらわれている者もいるだろう。実際、何割かの選手はこの夏がないならもう次はない。アスリートのピークは短い。いまこの瞬間でしかできない技術があり、入れない境地がある。この夏に準備してきたのならこの夏にしかできないものがあるのだ。
一方で、考えてもどうしようもないことにいつまでも時間を費やすことは避けなければならない。競技人生で最も足りないリソースは時間だ。その貴重な時間を最終的に競技人生を良い方向に進めてくれるのは、ひたすらに自分のできることにフォーカスして、それを淡々とやり遂げることだ。他人も過去も未来も何が起きるかわからない。わからないことは起きてから対処すればいい。
コントロールできることに、意識を向けよ
スポーツ心理学に基づいた指導で、「コントロールできないものを意識するのをやめ、コントロールできることに意識を向けよ」というものがある。元々はギリシャのストア派の哲学の考え方だ。コントロールできないものの最たるものは他人と過去であり、コントロールできるものの最たるものは自分と今である。
大事な点は、楽観的になろうとすることでも、悲観することでもなく、目の前にある自分にできる課題解決に集中することで、何を無視するかを決めることだ。自分の範囲を超えたものを恨んだり、憂いたりしても改善は見込めない。
しかし、こうした考え方には抵抗感も強い。なにしろ自分のせいではない理由で自分がピンチに追い込まれることも多々ある。また本質的にはもっと大きなところに問題があることも多い。たとえば指導者や、所属している企業の方針、国際連盟の方針、ドーピングを使用している選手など。新型コロナウイルスの動きなどはその最たるものだ。こうしたすべてを「コントロールできないこと」として割り切れと言われても、はいそうですか、とはならないだろう。