国=多数の国民のために犠牲になった者へは徹底した補償をすることが、国家としての重要な背骨だ。日本は軍人に対する戦争補償はしっかりと行うが、一般国民への補償はしない国なんだ。
先進国の中で、国民に対する一般的な戦争補償制度がないのは日本くらいだ。一般国民は、お国のために我慢させられる。
どうもその思想が、新型コロナ感染症対策の中にも流れているような気がしてならない。
(略)
第2波が来ても日本国民は政府の「お願い」に従うのか
日本国民は政治行政の「お願い」に従順に従う。文句の声を上げない。緊急事態宣言が解除されても、まだいろいろな営業の制限に従うつもりのようだ。
そうなると政治行政の方は、補償の点をしっかりと考えないだろう。補償をしなくても、日本国民は犠牲になってくれる、と考えるだろうね。
つまり、国民は政治行政に舐められているんだよ。その一連の流れが、黒川検事長に対する訓告処分と刑事罰はお咎めなしという結末。
国民は、日本を真の法治国家にするために、政治行政にもっと怒りをぶつけることも必要だ。
営業停止と補償のワンセットの法律を国会議員が作らないのであれば、第2波、第3波が来た際に、政治行政から営業自粛のお願いが来たとしても、国民はそれに従わないという行動をとる必要が出てくるかもしれない。少なくても、そのような意気込み、迫力を今の段階で国民は政治行政にぶつけていくべきだ。
従順な可愛い子猫の国民のままではダメなんだ。
国民が営業自粛に従わないとなると、爆発的感染拡大が生じるリスクが高まる。そのような事態にならないようにするためにも、日本の政治行政は、国民を舐めた態度をとらずに、しっかりと補償する法制度を作らなければならない。
(略)
(ここまでリード文を除き約2700字、メールマガジン全文は約1万1900字です)
※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.201(5月26日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【黒川検事長賭けマージャン事件】なぜ僕は賭博罪の「建前」を曲げて幕引きしてはならないと主張するのか》特集です。