「退職は寂しい」それは仲間との別れというより…

70歳。退職を控えた最年長社員として、畠山はどのような感慨を持っているだろうか。

「最年長だからって特に……。でも、セルビスをやめるのは、ちょっと寂しいものがありますよ」

やはり仲間と別れるのは寂しいのだろうか。

「いやそうじゃなくて、体が丈夫な内は働きたいと思っているんですよ。私、仕事はなんでもいいから74歳ぐらいまでは働きたいんだけど、70歳で再就職となると1日、2~3時間の仕事しかないでしょう。仲間との別れも寂しいけれど、74歳くらいまではフルタイムで働きたいんですよ」

メトロセルビスの最年長社員、畠山敬子さん
撮影=永井浩

メトロセルビスの定年は65歳となっている。ただし、定年後も引き続き勤務することを希望する社員については、特段の事情がない限り、70歳まで再雇用することが認められている。会社に問い合わせたが、70歳という線引きに特にはっきりとした理由はないという。ならば、体力が続く限りセルビスで働き続けてもいいような気がするが……。

夫も60歳でメッキ工場を定年退職になった後、70歳まで嘱託で働いたが、その間の給料はすべて自分で使っていた。畠山もセルビスの給与はすべて自分で自由に使っていたから、それが減ってしまうのが寂しいというのだ。しかし、週に1度か2度のランチ以外、お金の使い道はないはずだが……。

「だって、いつ施設に入ることになるかわからないでしょう。子供に迷惑かけたくないしね」

底抜けの穏やかさの正体

徐々に、畠山は他者に求めるものが極端に少ない、恐ろしく自己完結した人物であるように思えてきた。唐突だが、昔、ある宗教家に聞いた言葉を思い出した。

「仏教では人生を苦と見ますが、人間にとって最大の苦とは他者を変えようとすることです」

畠山が他者に怒りや嫌悪を覚えることが少なく、人間関係の中でストレスをため込まないのは、彼女が他者を変えたいという意識をまったく持っていないからではないだろうか。人生の窮地にあった佐藤には、それが穏やかさ、優しさと映ったのではないか。

メトロセルビスの最年長社員、畠山敬子さん
撮影=永井浩

「私は楽天的で、あんまり深くものごとを考えないんです。働いて働いての人生だったけど、苦に思ったことはないし、やっぱり東京に出てきてよかったし、健康な体を与えてくれた両親に感謝しかないですね。ああ、私、演歌のコンサートには行きますよ。2カ月に1回ぐらい。天童よしみとか、島津亜矢とか、川中美幸とか」

畠山は、自分の言葉に驚いたようにほほ笑んだ。

「私の人生に、楽しみってあったんですね」

(※記事中の人物の所属等は、2020年3月現在の情報です)

連載ルポ「最年長社員」、第1シリーズは全5回です。5月1日から5日まで、5日連続で更新します。第2シリーズは6月に展開予定です。
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