特にこだわりはなく駅清掃員の仕事を選んだ

フルタイムで働くようになったのは、子育てが終わった平成5年、東京ステーションホテルにメイドとして雇われてからである。

メイドとはベッドメイキングと客室の清掃をするスタッフのこと。畠山はステーションホテルで13年間働き、後半の6年間はチェッカーを務めた。

チェッカーとはメイドが仕上げた客室に不備がないかをチェックする指導者的な役職であり、セルビスにおける副主任と似ていなくもない。畠山は人にものを教えるのが得意なのだろうか。

平成18年にステーションホテルの改装が始まり、仕事がなくなった。その後、畠山はセルビスに入社するのだが、駅の清掃の仕事を選んだことに特段の理由はないという。たまたま、夫がセルビスの採用面接を受けたのがきっかけだ。結局、夫は入社しなかったが、体を動かすのが好きなので自分も受けてみようと思ったという。

「3月末で退職するのでもう副主任は交替したんですが、教えるという面では、反省してるというか、足りないところがあったなと思います」

セルビスの清掃スタッフは主に駅構内のトイレ、ホーム、階段、エスカレーターなどの清掃を行うが、場所によって使う器具も薬剤も異なる。それなりの知識と技術と経験が必要になる。

佐藤は、エスカレーターの手すりの内側のステンレス部分にこびりついてしまった汚れの落とし方を畠山に教えてもらったのをよく覚えていた。

「ステンレスにこぼれたアイスクリームとかジュースが乾いてしまうとなかなか拭き取れなくて……。私が困っていると、畠山さんが何度も上り下りしながら拭くんだよって教えてくれて、一緒にやってくださったんです。畠山さん、何でも器用にサッとやってしまうんですよ」

「人のやり方が不完全でも、私がやればいいやって思っちゃう」

新人時代の佐藤にとって、畠山はまさに“お助けマン”だったようだが、なんでも卒なくサッと片づけてくれる存在が教育係として優れているかどうかはわからない。畠山が言う。

「私、人にきつく言える性格じゃないし、叱るよりも話せばわかると思うタイプかな。何度言っても覚えない人もいるけど、数をやってるうちに覚えると思うし、教えた人のやり方が不完全でも、掃除の仕事をしてるんだから私がきれいにすればいいやって思っちゃうんです」

メトロセルビスの最年長社員、畠山敬子さん
撮影=永井浩

筆者だったらストレスをため込んで深酒するか、ある日突然、怒りをぶちまけるかのどちらかだろう。

「私は人を恨むことも、怒ることもないですね。ストレスもないし、お酒も飲みません」

夫にイライラすることもないのだろうか。

「ああしろこうしろと文句を言わずに私の自由にさせてくれるし、一応、自分のものだけは洗濯してますね。掃除と食事は私がやりますけど、食事といったって簡単なものですよ。うちのダンナさん簡単な人なんで(笑)」

簡単な人、簡単な人生……。その内実がどのようなものなのか、畠山から見ればおそらく“めんどくさい人”に属する筆者には、まだよくわからない。