自己免疫の仕組みが関わっている2つの理由

脱落の原因が自己免疫ではないかと想定できる理由のひとつは、ナルコレプシーの患者さんの9割以上が、白血球の血液型と言われるHLA(ヒト白血球抗原)の特定の型(HLA‐DQ6の中でもDQA1*0102/DQB1*0602)を持っていることです。この型は日本人の2割が持っていますので十分条件とは言えませんが、必要条件とは言えるでしょう。

ナルコレプシーに限らず病気のほとんどがそうですが、たとえ疾患感受性遺伝子が見つかっても、その病気が単一の遺伝子の変異で発症するかどうかは決まりません。病気の発症には複数の遺伝子が関与することが多く、遺伝要因のほかに、環境要因も関与してくるからです。

もうひとつの理由は、2009年に起きたインフルエンザのワクチンの作用です。

2009年に世界的に流行したインフルエンザの対策として、世界各国でワクチンがつくられました。そのワクチン接種によって、ヨーロッパとカナダでナルコレプシーの発症率が5倍くらいに増えたのです。しかし、アメリカや日本では増えることはありませんでした。

ヨーロッパやカナダとアメリカのワクチンのちがいは、アジュバント。アジュバントとはワクチン効果を高める物質で、ヨーロッパやカナダとアメリカではちがうアジュバントを使っていたのです。ちなみに日本で用いられたワクチンにはアジュバントは使われていませんでした。

ナルコレプシーの治療は対症療法になる

そこで想定されるのは、本来ならワクチンで強化された免疫システムがウイルスを攻撃するのですが、アジュバントによって過剰に反応してしまった免疫システムが、自分のオレキシン神経細胞を攻撃したのではないかということです。これに関しては、まだ結論は出ていません。

西野精治『睡眠障害』(KADOKAWA)
西野精治『睡眠障害 現代の国民病を科学の力で克服する』(角川新書)

ナルコレプシーの研究は、もはや睡眠ではなく、免疫学の分野にまで広がってきています。なにに対する自己免疫かという肝心なところにたどり着かなければ、本質的な治療をしたり、予防したりすることができないからです。

治療法としては、オレキシン神経細胞が脱落してオレキシンを生成できないなら、オレキシンを補充しましょうという方法はあります。ただ、ビジネス面の問題からナルコレプシーの治療薬ではなく、不眠症の治療薬の開発を先行することになりました。患者数を比べれば、それは当然の戦略です。

ただし、オレキシン受容体作動薬を開発したとしても、ナルコレプシーの根本的な治療法にはなりません。根本的な治療はオレキシン神経細胞の脱落を防ぐことなので、いままでの治療法よりもよくなる可能性があるということです。

ちなみに、現在のナルコレプシーの治療は、眠気にはモダフィニルなどの覚醒系薬剤、情動脱力発作にはレム睡眠を抑える抗うつ剤が使用されています。これらは、どちらも対症療法になります。

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