そのため、タイムが縮まないからといって1日中ハードに練習することもありません。朝に練習をスタートしても15時には終えて、それ以降はゆっくり休む時間に充てています。「大会に向けて万全の準備をしよう」と思って負荷をかけると怪我をするし、短距離走は練習量を増やしたからといって足が速くなるものではないのです。

陸上競技選手 桐生祥秀氏

そして、なんといっても今の目標は東京オリンピック出場です。五輪に出場したら、決勝に残ってメダルを獲りたい。その間の試行錯誤はスランプではないのです。

五輪前ということもあり、メディアから注目が集まると、「モチベーションが低下する時期はありますか?」と聞かれることがあります。その答えは、明確にあると言えます。本当は練習をしたくない日もあります。ずっとモチベーションが高いわけではありません。

しかし、そんなときも、やることは変わりません。自己を客観的に見つめ直して、体や精神の状態を見てトレーニングを変えるだけ。短距離走の場合、ふくらはぎと前腿に筋肉痛ができるのは絶対に避けたいので、そうなったら無理をしない。これもまた客観的な視点を持っているからこそのものだと思います。

成功までのストーリーを考える

「外から自分を見るようにしている」という意識は、最近私がYouTubeでの動画投稿を始めたことにもつながります。フラッと思いつきで投稿した動画の再生数が伸びたり、これはヒットすると思ったものがそうでもなかったり。こうした自己検証は陸上だけでなく、YouTubeも一緒です。今は一線でオリンピックを目指して陸上選手をしていますが、どうやったらプロとして長くやっていけるかを指導者になる未来も含めてずっと考えています。

今、私は自分より何歳も年上の方や異業種で働く同級生からビジネスについて教えてもらっています。かつては、アスリートは1つのことだけを極めろというようなイメージがありましたが、それは言われなくてもアスリートならやると思うんです。だから、より長期的なキャリアを考えています。私は陸上選手だから陸上をやっているだけ。そういう客観的認識を持つことが不安定な精神状態にならないことにもつながります。

「プレジデント」の読者の方はチームで仕事に取り組んでいるケースが多いと思います。しかし、陸上短距離選手はチームで競技に参加することはリレーのときくらいです。リレーは短距離走選手の中から、記録が良い選手が選ばれます。そのため、メンバー選考の段階では、相手に負けない気持ちで挑みます。日本代表の場合、4人しか選ばれないですから、どうしても競争になります。私は小学校の運動会の頃から徒競走では必ず勝ちたかったし、それは今でも変わりません。まずは結果を出す。そのために試行錯誤することはスランプでもなんでもないという心構えが重要ではないでしょうか。