わが子や孫への虐待を疑われる苦しみ

「揺さぶられっ子症候群」に絡んだ事件が、相次いで無罪となっています。ここ3カ月間を振り返っただけでも、大阪高裁で3件、東京地裁立川支部で1件が無罪となっています。

昨年10月に逆転無罪を勝ち取ったのは、69歳の祖母です。

次女の自宅で2時間ほど2人の孫の面倒を見ていたとき、昼寝をしていた生後2カ月の赤ちゃんの容体が突然急変し、2カ月後に亡くなってしまったという事案です。赤ちゃんの脳には出血が見られたことから、急変したときに一緒にいたというだけで、祖母が「揺さぶり虐待」を疑われ、逮捕されてしまったのです。

「孫は私の生きがいです、どうしてかわいい孫に虐待などする必要があるでしょう」

彼女は当初からそう主張していました。しかし、結局、聞き入れられず、傷害致死罪で起訴。一審の大阪地裁では懲役5年6カ月の実刑判決が言い渡されたのです。

私はこの事件を高裁から取材し、「揺さぶり虐待である」と強硬に主張する検察側の小児科医の尋問、それに対して「揺さぶりではこうした出血は起こらない、脳の病気の可能性がある」と反論する弁護側の脳神経外科医の証人尋問を傍聴しました。

動機も証拠もないのに、なぜこの祖母が「虐待」を疑われるのか……。にわかに信じられませんでしたが、結果的に大阪高裁(村山浩昭裁判長)は、脳神経外科医の証言を採用。揺さぶり虐待ではなかったことが認められたのです。

2019年10月25日、大阪高裁で逆転無罪判決を勝ち取った祖母の山内泰子さん(69)とご家族
筆者撮影
2019年10月25日、大阪高裁で逆転無罪判決を勝ち取った祖母の山内泰子さん(69)と家族(画像の一部を加工しています)

それにしても、起訴されればほぼ有罪となる刑事裁判において、無罪がこれほど連続するというのは、まさに異常ともいえる事態と言えるでしょう。いったい、「揺さぶられっ子症候群」に、今、何が起こっているのか、問題はどこにあるのでしょうか……。

そもそも、「揺さぶられっ子症候群」とは何なのか?

「揺さぶられっ子症候群」、日本では2002年から『母子手帳』にも掲載されるようになりました。正式には「乳幼児揺さぶられ症候群」といい、英語では「Shaken Baby Syndrome」と表記されるため、その頭文字を取って、通称「SBS(エス・ビー・エス)」とも呼ばれています。「虐待性頭部外傷(Abusive Head Trauma)」を略して、「AHT(エー・エイチ・ティー)」と表記されることもあります。

SBSは1971年にイギリス人医師によって提唱されました。その後、1980~90年代には欧米で、「①硬膜下血腫、②網膜出血、③脳浮腫という3つの症状があれば、大人が強く揺さぶったと推定できる」という考えが急速に広まったのです。

日本では2000年ごろから虐待問題に取り組む一部の脳神経外科医や、小児科医や内科医らがSBSに注目しはじめます。そして、上記の3症状が見られた場合、捜査機関も保護者らを虐待の疑いで逮捕・起訴するようになりました。

一方、厚生労働省は2008年ごろ、小児科医や内科医に監修を依頼し、病院や児童相談所向けに、『子ども虐待対応・医学診断ガイド』というマニュアルを作成しています。

この中には、SBSやAHTと診断する基準として、<三主徴(硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫)がそろっていて、3メートル以上の高位落下事故や交通事故の証拠がなければ、自白がなくて(*ママ)SBS/AHTである可能性が極めて高い>と明記されています。

つまり、このマニュアルによれば、つかまり立ちやお座りからの転倒、ベッドなど低い位置からの落下、また病気などでこうした症状が出ることはあり得ない、ということになります。