「SBSは仮説であり、明確な医学的・科学的事実はない」
ところが、弁護士や法学者が立ち上げた「SBS検証プロジェクト」の調査によれば、海外では1990年代にSBS理論の科学的根拠を疑問視する声が上がりはじめ、2005年にはイギリスの控訴院が「3症状があったとしても、それらが直ちに揺さぶりを原因とするとは言えない」とする判決を出していたというのです。
また、2011年には、SBS提唱者のイギリス人医師自らが、「SBSは仮説であり、明確な医学的・科学的事実はない」と述べ、SBSに基づく逮捕や起訴に警告を発します。さらに、2014年、スウェーデンでは最高裁が「SBSの診断は不確実だ」として、父親に逆転無罪判決を言い渡しました。
にもかかわらず、日本では赤ちゃんの脳に出血を伴うような症状が見られると、マニュアルに従って「揺さぶり虐待」を疑い、医師は警察や児童相談所に通報するのが常となっていきました。そして、多くの親たちが傷害事件の被疑者として刑事訴追され、子どもたちは安全のため、児童相談所によって一時保護されてきたのです。
SBSに関する歴史的な背景や論争、また無実を訴える保護者たちの切実な肉声は『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(柳原三佳著・講談社)にまとめた通りです。
もちろん、子どもを虐待から守るには、こうした措置も必要でしょう。しかし、赤ちゃんの転倒や落下といった不慮の事故、または、出産時のダメージ、予期せぬ脳の病気などの可能性は全くないといえるのでしょうか、本当にすべてが「虐待」なのでしょうか?
検察側で「虐待」を主張する小児科医は同じ人物だった
裁判所がSBS理論を否定し始め、次々と無罪判決が下されている今、私が各事件の法廷で目の当たりにした、もうひとつの事実もお伝えしておきたいと思います。
実は、祖母や母親が大阪高裁で逆転無罪を勝ち取った2つの事件、また、2月7日に東京地裁立川支部で父親が無罪を勝ち取った事件は、いずれも検察側の証人が全て同じ小児科医でした。
SBS理論に基づいて「揺さぶり虐待」だと主張した溝口史剛医師は、前出の『子ども虐待対応・医学診断ガイド』の編集制作に関わり、幼児虐待に関する訳本を複数出版している人物です。私も直接お会いして、取材させていただいたことがあります。
「虐待に苦しむ子どもを救いたい」という溝口氏の熱い思いは伝わってきました。しかし、裁判を傍聴して感じたのは、検察官が、脳の専門家である脳神経外科医の意見ではなく、小児科医である溝口氏の意見だけに頼って、無実を訴える保護者たちの「揺さぶり行為」をさも目撃したかのように追及することに対する違和感でした。
事実、大阪高裁の判決文では、溝口氏の証言や鑑定について、「鑑別診断の正確性に疑問を禁じ得ない」「医学文献に整合しない疑いがある、または不誠実な引用がされている」と厳しく評価し、その信用性を明確に否定しています。
さらに、「SBS理論を単純に適用すると、極めて機械的、画一的な事実認定を招き、結論として、事実を誤認するおそれを生じさせかねないものである」とも明記されているのです。まさに、「SBS理論」のみに依拠した「虐待ありき」の診断を採用してきた検察や、それを疑うことなく過去に有罪判決を下してきた裁判所に対して、猛省を促す内容といえるのではないでしょうか。