アメリカビジネス界で、即興劇の要素を取り入れたトレーニングが注目を浴びている。即興で会話をつなぐためには、相手の話をより注意深く聞いて、前向きに反応する。その結果、顧客や同僚とのコミュニケーションの質が高められるというわけだ。

昨今、新しい種類のコミュニケーションのスペシャリストたちが実業界に乗り込んできている。インプロビゼーション(即興表現)を専門にしている俳優たちだ。「インプロビゼーション(アドリブ)」という言葉はスタンドアップ・コメディー(毒舌漫談)をイメージさせるが、これらのスペシャリストたちはそのテクニックを使ってコミュニケーションを改善し、チームをまとめ、問題を解決し、戦略転換をなしとげる方法を、全米の企業に訓練しているのである。

専門家たちによると、効果的なビジネス・コミュニケーションに必要なスキルは、絶妙のアドリブに必要なスキルとそっくりだ。それはすなわち、他の人たちの話をよく聞き、彼らと力を合わせて、どれほど有能な人間でも1人ではけっしてできないようなものをつくり上げる能力である。以下、職場で応用できるアドリブのテクニックを紹介しよう。

まず聞いてそれから先に進む

ボストンのインプロブ・アサイラムの企業トレーニング担当ディレクター、チェット・ハーディングは言う。「アドリブのテクニックは、他人の話をじっくり聞く助けになる」。

エスコグラフィックス社の法人販売部門のマネジャー、マーシャル・ホーゲンソンはアドリブ技術の講座を数回、受講したことがあり、実際にそれを仕事に応用してもいる。

たとえばこんなことがあった。クライアントの購買担当マネジャーと売買契約の交渉をしていたとき、先方が「期日どおりに納品されない場合は御社が1日あたり5万ドルの違約金を支払うという条項を契約に入れてほしい」と要求した。製品価格が50万ドルだったので、この要求を呑めば、納品が1日遅れると売り上げの10%が消える。

 「私がインプロビゼーションから学んで交渉で使っているのは、『ノー』とか『できません』は言わないということです。たとえ相手がとんでもない条項を要求してきても」とホーゲンソンは言う。「このときは、私は相手にまずこう言った。『納品が遅れたら仕事に支障が出るのはよくわかります』。それからこう聞いてみた。『御社では請負工事契約に通常このような条項をお入れになりますか。建設契約はずっと規模が大きく、完成しなければ本当に困ったことになるわけですが』」。

相手はイエスと答えた。そこでホーゲンソンは「8週間以内に納品するよう最善を尽くすが、不測の事態が生じる可能性もゼロではない」と説明して、納期を14週間に延ばしてもらえないか、そして違約金を取引の規模に見合う額に引き下げてもらえないか頼んだ。相手は5000ドルに引き下げることを了解し、両者は契約を結んだ。