イギリスで麻薬中毒者が“増えた”理由

イギリスでは麻薬中毒者の更生プログラムの一環として、医師の処方によって合法的に安価な麻薬が提供されている。その結果、中毒者の数が急増したと批判されているが、すこし考えればわかるように、これは典型的な統計の作為である。

麻薬が違法であったときは、人々は自分が中毒者であると積極的に認めようとは思わなかった。麻薬が一部合法化され、安価に入手できるとなれば、中毒者数が増加するのは当然である。政府は認定された中毒者にのみ、ドラッグを支給するからだ。この条件で「中毒者」が増えなかったら、そのほうが驚くべきことである。

イギリスで統計上の中毒者が増えたもうひとつの理由は、英連邦諸国からの移民の急増であろう。こうした移民が、定着の過程で一時的な問題を起こすのは十分にありうることであり、だからといってイギリスの麻薬合法化プログラムを非難するにはあたらない。

中毒者数の増加は、逆にこのプログラムの先見性や進歩性を示す十分な根拠となっている。クリスチャン・バーナード博士(心臓移植をはじめて行った南アフリカの医師)によって南アで心臓手術を望む患者が増えたとしても、心臓病患者の増加は博士のせいではない。

アルコールやセックスに依存する人もいる

ウォルター・ブロック著、橘玲訳『不道徳な経済学 転売屋は社会に役立つ』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

覚醒剤が依存症の唯一の対象ならば、それは絶対的な悪になりうるかもしれない。そうであれば、シャブの邪悪さを広く伝えようとする努力はひたすら賞賛されるべきであろう。

しかしながら、人はアルコールやギャンブルやセックスなど、違法とは見なされないさまざまな依存症をわずらうこともある。そのなかで覚醒剤など一部の麻薬のみを対象とする禁止は、なんら有益な目的を提供しないばかりか、耐えられないほどの苦しみや大きな社会的混乱の原因になってきた。

この悪法を維持するために警察当局はたえず覚醒剤の価格を引き上げ、さらなる悲劇を招いている。そのなかでシャブの売人だけが、個人的なリスクをって末端価格を引き下げることで中毒者や犯罪被害者の生命を守り、いくばくかの悲劇を防いでいるのである。

世界的には麻薬を大麻・ハシシュなどのソフトドラッグと、ヘロイン・覚醒剤などのハードドラッグに分け、前者を合法化し後者を禁止しようとする議論が主流になりつつある。1996年にソフトドラッグの個人使用を解禁したオランダにつづき、2000年代に入るとスペイン、チェコ、ウルグアイ、チリ、コロンビア、カナダが次々と大麻合法化に踏み切り、アメリカでは2014年のコロラド州を皮切りに、カリフォルニア州など計10州と(首都ワシントンがある)コロンビア自治区で娯楽用大麻が認められている。
一方、ハードドラッグ解禁の過激な主張がアメリカで力を持つようになったのは、数十年に及ぶ「麻薬戦争」にアメリカが敗北しつつあることがだれの目にも明らかになってきたからだ。連邦政府の麻薬統制予算は年間200億ドルにも達するが、刑務所を満員にする以外になんの効果も発揮していない。
ドラッグをめぐるこうした事情は、スティーヴン・ソダーバーグがアカデミー監督賞を受賞した映画『トラフィック』によく描かれている。連邦政府の麻薬取締最高責任者に就任したマイケル・ダグラスが、娘のドラッグ中毒をきっかけに「麻薬戦争」の無意味さに気づき、記者会見の席上で職を辞す場面が印象的だ。(訳者註)
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