真のヒーローは「密売人」だ

シャブの売人の役割とは、彼がこの業界に参入してくる目論見もくろみとは裏腹に、覚醒剤の末端価格を引き下げることである。新しい売人が一人路上に立つたびに、需要と供給の法則によってシャブの販売価格は下落する。一方、警察当局による規制や取り締まり強化によって、売人の数が一人減るごとにシャブの価格は上昇する。

中毒者のおちい窮状きゅうじょうや彼が手を染める犯罪は、覚醒剤の販売や濫用らんようが理由なのではない。その原因が法的禁止の結果、シャブの価格が通常の方法では入手不可能なところまで上昇したことにあるのならば、価格を引き下げるあらゆる試みは麻薬問題の緩和かんわ寄与きよするだろう。

シャブの密売人が覚醒剤の価格を下落させる一方で、「法と秩序を守る」と称する人々は、彼らの商売を邪魔することで末端価格を引き上げている。そう考えれば、ヒーローともくされる人物は広く愛されている麻薬取締官ではなく、悪名高きシャブの売人だと気づくだろう。

「進歩に反する」のは休暇も同じだ

ドラッグ合法化は、「文明の進歩に反する」という理由でこれまでずっと相手にされてこなかった。「麻薬」と聞くと、人々は大英帝国が阿片あへんを中国侵略に利用した歴史とか、正体を失って道端に倒れている中毒者の写真とかを思い浮かべる。こうして、「人類の進歩をはばむ麻薬は禁止すべきである」との「正論」が声高こわだかに主張されるのであるが、ドラッグ以外にも進歩の障害となる悪弊あくへいはいろいろある。

たとえば余暇はどうだろう。もしも従業員が一年のうち半年を休暇ですごしたら、「進歩」は間違いなく停滞するだろう。では、法律によって長期休暇を禁止すべきなのか。そんなことは不可能だろう。

そのうえ法律によっていくら禁止しても、現実には、市民の覚醒剤への接触を断ち切ることはできない。覚醒剤はかつてはあやしげな盛り場でしか手に入らなかったが、いまでは家庭の主婦や中高生でも簡単に入手できるようになった。

阿片戦争において、中国はイギリスの砲艦外交によって麻薬を受け入れるよう強制された。だが麻薬合法化は、個人に麻薬の使用を強制するものではない。そればかりか、覚醒剤取締法の廃止は、個人を国家による強制(麻薬を使用してはならない)から解放することなのである。