信頼を回復するのに十分とは言えない
京急は現場に遠方発光信号機を増設すると発表した一方で、これまでの信号については、最高速度からの停止距離520mを上回る570m地点から視認できること、設置に当たって運転部門の実地確認を行っていること、その後も運転士から改善要望がなかったことなどを理由に、国の省令や社内基準に違反していなかったとの見解を示している。
だが、信号機はただ設置すればよいというものではない。非常時に使われる特殊な信号について省令は「係員がその現示(点滅)により列車等を運転するときの条件を的確に判断することができ、かつ、列車等の運転の安全を確保することができる」ものでなければならないと定めている。
信号を増設する必要があるのなら、従来の設置基準にも何かしらの問題があったことになる。京急は事故後、全ての踏切で信号の視認性を調査し、問題はなかったと説明しているが、その信頼性も揺らぐことになりかねない。
広報対応において、事実関係の確認は基本中の基本である。特に事故・トラブル発生時に初期対応を誤ると、その後に発信する情報の信頼性を著しく損なうばかりか、企業体質そのものへの疑念や不信、不安を招くことになる。
京急の当初の説明に、なぜ基本的な誤りが生じてしまったのか。社内で情報は適切に共有されていたのか。12日の発表は、残念ながらそうした懸念を払拭し、信頼回復を図るには十分なものとは言えなかった。それどころか不安を助長する結果になってしまったようにも思われる。
「安全」がおろそかになっては意味がない
京急の高頻度・高速運転や相互直通運転、そして何より遅延に強く、早期に運転を再開する輸送サービスには熱心なファンが多く、利用者だけでなく業界関係者からも高く評価されてきた。
例えば鉄道に関する施設整備・サービス・芸術などさまざまな取り組みの中から優れたものを表彰する、国交省主催の表彰制度「日本鉄道賞」は2015年、京急の「列車の遅延を最小限に抑制した、わが国で最高水準の安定輸送」や「高度なプロフェッショナリズムへのゆるぎない信念に基づいた『人間優位』の運行管理思想」などを高く評価して「高度な安定輸送実現・特別賞」を授与している。
しかし、その「安定輸送」最重視の姿勢と「人間優位」思想の裏側で、現場社員が過度な負担を強いられていた可能性はないだろうか。人間優位とは何事も人間だけで解決することを意味しない。イレギュラーな状況で人間が機械よりも迅速、的確に判断できるとしたら、それはハード面の万全なバックアップと、人間の経験があればこそだが、今の京急にはそうした「余裕」が感じられない。
今後、働き手不足の進展により、鉄道業界の現場はますます苦しくなっていくと危惧されている。そうした時代の転換点において、高頻度・高速運転、安定輸送に縛られるあまり、鉄道輸送の根本にあるべき「安全」がおろそかになってしまっては意味がない。
今後も比類なきサービスを維持することができるのか、京急は大きな岐路に立たされている。