現代アートの力で再生した「直島」

私はアーティストのことをよく「炭鉱のカナリア」に喩えますが、彼らはまだ多くの人が見えていないものをいち早くその目で見て、聞こえていないことを聞きながら、言語としては表現しようのないものを形やイメージに置き換えて伝えているのです。

実際に優れたアーティストは、感度のいい野生動物のように時代の変化を肌で感じています。そうしたアーティストの時代感覚は、数十年先取りしていたり早すぎる傾向もありますが、さじ加減を考えればビジネスにもうまく活用することができると思います。

今後はそうしたアーティストのような思考法が、新たな価値を生み出し世界を変えていく原動力になるのではないでしょうか。

新たな価値の創造ということでいえば、まさしく香川県における「直島」がそうでした。直島は三菱マテリアルの製錬所以外とりたてて特徴のない島でしたが、アーティストたちはそれまで価値がないといわれてきた島の風景や町並みに価値を見いだし、それを現代アートの力で前面に押し出すことでさらに価値を高めていったのです。

直島が海外から受け入れられている評価のポイントは、まさに美的・文化的価値を生み出した点にあり、海外の文化人はそのオリジナリティと創造性を評価しているのです。

このように「人が見えていない世界」を先取りすることが、オリジナリティを生む発想の原点になっているといえるのではないでしょうか。

アートとサイエンスの驚くべき関係

アートとサイエンスの驚くべき関係性もお伝えしたいと思います。水と油のような世界と思われがちなアートとサイエンスについて、お互いにどう共鳴させていくかという事例です。

まず、サイエンスから。ニュートンの万有引力の法則のもとになる「木からリンゴが落ちた」というエピソードは、多くの人にとっては既知の話でしょう。ニュートンは「そもそもなぜ物体が木から落ちるのだろう」と、それまで当然と見なされてきた常識を疑うことで「常識」を「驚くべき新事実」に変換したのです。

コペルニクスの地動説も、その当時としてはありえない発想でした。しかし、コペルニクスは何かのきっかけで、古代ギリシャのピタゴラス派が唱えていた地動説の事実に気づいた。さらに、地球が太陽の周りを周回しているとする仮説に従い、様々なことを検証していったのです。その結果、地動説ですべて証明できることがわかったのです。

実際のところ、一流の科学者の思考回路は、一流のアーティストのそれと、とても似ています。以前、私は、最先端の科学者とアーティストを引き合わせる会合に出席したことがありましたが、そこで見た光景は、驚くべきものでした。

一見、直感や感性を活かすアーティストと、論理とデータを活かす科学者では、水と油のような関係に見えますが、両者はすぐに意気投合したのです。科学者が言うには、自分たちが普段、当たり前に考えていることをどんなに丁寧に話しても、なかなか一般の人には理解されないが、アーティストは彼らの思考をすぐに理解してくれるというのです。

逆に一般的にわかりにくいアーティストの言葉であっても科学者には理解できるのも、両者でイメージを媒介にしたコミュニケーションが存在するからです。