小児がん末期の女児がRSウイルスに感染

私が大学病院の小児外科で小児がん治療のリーダーをやっているとき、生後6カ月の女の子が入院してきました。縦隔(胸の中の肺以外のスペース)に巨大な腫瘍があり、肺を押しつぶして、肋骨に腫瘍がくいこんでいました。骨を画像化する検査を行うと、肋骨は腫瘍の浸潤によって一部が溶けていました。さらに胸水が貯まっており、癌性胸膜炎の状態です。小児がんの末期症状の状態でした。

私は、まずいったん女児に対して全身麻酔下の開胸生検を行い、腫瘍の一部を摘出し病理検査に回しました。そして中心静脈カテーテルという点滴の管を心臓の近くまで入れて、抗がん剤の投与ルートとしました。病理検査の結果、やはり神経芽腫という最も悪性度の高い小児がんでした。

術後1週間で抗がん剤治療を開始しました。シスプラチンを含む4剤の多剤併用療法です。女児にはたちまち抗がん剤の副作用が出て、輸血が必要になり、白血球は正常の100分の1まで低下しました。まったく免疫がない状態です。そんなとき、どういうルートなのか不明ですが、女児はRSウイルスに感染しました。

常識で考えて「数日で亡くなる」状態

RSウイルスは健常児が罹っても細気管支炎から肺炎に至る重い感染症です。心奇形のある子がRSに感染すると命に関わると言われています。この女児も免疫が低下しており、肺がつぶれていますから、RS感染症になることは相当に危険なことが容易に予測されました。

私たちは女児の上半身に酸素テントを張りました。手首の動脈にAラインと呼ばれる点滴を入れて、2時間ごとに動脈血を抜いて酸素と二酸化炭素の圧を測定しました。しかし、見る見る間に女児の検査データは悪化していきます。このままでは呼吸不全になります。そこで私は女児に鎮静をかけ、気管内にチューブを挿入し、人工呼吸を開始しました。

当初の呼吸器の設定は、吸入酸素濃度が40%です。しかし動脈血の検査データは少しも改善しません。1日ごとに酸素濃度を50%、60%とあげていき、ついに100%まで上げました。

抗がん剤の副作用は強く、白血球の数は上がってきません。肺のX線を撮影すると癌性胸膜炎とRS肺炎はまったく改善していません。このままではこの子は亡くなると私は判断しました。いえ、常識で考えればこの子は、もう数日で亡くなります。